観測者不明の記録

これらの記録をつけた者は不明だが、
魔将達について書かれた記録であるようだ。



「第七魔将ザバーニーヤ」

「ふわぁぁぁぁぁ・・・た〜い〜く〜つ〜」

少女は大きな欠伸のあと全ての言葉に濁点がついているかのように、気怠く呟いた。

彼女は花弁が翼のように広がる、純白のドレスに身を纏っていた。
身の丈は1mほどで、人間の子供としてもかなり小さい部類に入るだろう。
豪華な地球儀にだらしなくもたれかかっているその様子は、
とてもではないがフィルトウィズを恐怖に陥れる「魔将」には見えない。

・・・そう、彼女こそが第七魔将『純白の堕天使』ザバーニーヤだ。
彼女は最も新しく生まれた魔将で、第三魔将『天地無双』ハイペリオンと
『魔将樹の剣姫』ロジエモールの実の娘にあたる。

しかし、この両親はフィルトウィズにおいて非常に重要な役目を持つため
魔将達の中でも最も多忙と言っても過言ではなかった。
そのせいか、ザバーニーヤは能天気な花妖精族「フラウ」とは思えないほど
意地悪でひねくれた性格になってしまった。

「消失の日」の後、彼女が住まう「天体観測所」を訪れる者は全くといっていいほどいなくなった。
以前はひっきりなしに天体観測所を訪れるワンダラー(冒険者)を、
部下達と共に撃退するのが彼女の日課だった。
それが充実した日々だったのか今となってはわからないが、
これだけは言える。確実に今よりはマシだった。

「あぁぁぁぁぁ!!それにしてもムカつくわーあの女!なーにが
 『貴女が大侵攻に参加した場合ラダマンティスへの反逆とみなしますわ(ニッコリ)』
 だっつーの!!向こうからは誰も来ない、でもこっちからは出向いちゃダメ、
 やることといえばクソ退屈な『新しき星』の監視だけ!
 ブラックホールブラスト全開でぶっぱなしてあの星消し飛ばしちゃおうかしら!!?」


駄々をこねる子供のように激しく地団駄をふむ。実際子供だからしょうがないのだが。

「あ、よく考えてみたら案外名案よねコレ。
 こっちで問題が起きればパパとママも来るかもしれないし」


冗談なのか本気なのか、手を「ぽんっ」と叩きながら言う。冗談であってくれ。

*

彼女の身の回りの世話をしている、黒尽くめのメイド長は
優雅に紅茶を傾けつつも必死で祈っていた。
(サーバントマスターと呼ばれるれっきとした魔族だ。ちなみに魔族としての格はかなり高い)

――ああ、今日の暇つぶしは命の危険がないものでありますように。

「メイド長、ちょっときなさい?」

ザバーニーヤはさっきまでと打って変わってにこにこしている。
・・・この時ザバーニーヤがご機嫌であればあるほど、
ひどい命令が来ると相場が決まっていた。

「これから天体観測所ごと隕石群に突っ込むから、
 アンタはデッキに出て観測所の外周をぐるっと一周走りなさい。パンツいっちょで」


思わずサーバントマスターは優雅な姿勢のまま飲んでいた紅茶を噴き出した。

「うわっ、汚っ!!それちゃんと拭いてからいくのよメイド長!」
「ザ、ザバーニーヤ様、お言葉ですが隕石群の中をそんなに長時間走れば
 ほぼ確実に押しつぶされて死ぬんですが・・・あと、パンツいっちょであることの意味は?」


天体観測所はぐるっと一周すると10kmぐらいはある。全力で走っても30分はかかるだろう。

「当たると痛いからスリリングで面白いんでしょ?
 ちゃんと復活させてあげるから心配ないわ、当たった瞬間は死ぬほど痛いでしょうけど」

当たり前だ、死ぬんだから。

「ほらさっさと行きなさい?10秒以内に出発しなかったらパンツも着用禁止よ?」

サーバントマスターは零れた紅茶を拭きながら目で必死に訴えるが、
そんなことが通用する相手ではなかった。

星の魔女(スターゲイザー)達が怪訝そうな目で見守る中、
メイド長用の特注メイド服を脱ぎ捨て、
胸を片手で隠しながらサーバントマスターは涙目で走り出した。


「あ、そうそう。パンツいっちょなのに特に意味はないわ。その場のノリってやつね。
 ・・・ま、強いて言えばアンタが大げさに恥ずかしがるのを見るのが楽しいからよ☆」


にこにこしながら行ってらっしゃいとばかりに手を振るザバーニーヤ。


――ああ、できることならこのままどこかにいなくなりたい。
   願わくば、青い海をたたえ緑の大地の広がる「新しき星」へ。




「第六魔将バロール」

魔道都市ギアフォレス。動物も植物も警備兵も歯車をむき出しにして動く、
全ての生物がギア(魔道工学)の技術によって作られた町。
その中央に存在する巨大な工場の特別区画「奇跡の工房」こそが、この都市の玉座にあたる。

その「奇跡の工房」の虚空に浮かぶ、文字がびっしりと羅列された無数のスクリーン。
スクリーンの文字は刻一刻と変化するフィルトウィズの様々な情報をリアルタイムで更新する。
そして、その情報はフィルトウィズの全てを記録するデータ保管庫である
「アカシックレコード」へと蓄積されていくのだ。

その無数のスクリーンの中心に佇む、豪華なローブを纏った男が1人。
・・・いや、男なのかどうか実際にはわからない、何しろその顔は金属製で口や耳はなく、
大きな目が1つあるだけなのだから。

彼こそが第六魔将『全知の機眼』バロールだ。
彼の眼は一つしかないが、特殊な結界を張り巡らせているおかげで、
無数の眼があるかのようにいくつものスクリーンを同時に見ることができる。
また、一瞬でも目に映したものは即座に完全に記憶することができる。
よって、彼はメモをとることもなく全ての情報を統合して処理することが可能だ。

「外の世界からのエクスプローラー(探索者)の流入は増える一方。
 やはり手引きした者が存在すると考えるのが妥当でありましょうな」


バロールだけは、この世界に何が起きているのかをほぼ正確に把握していた。
全キャラクターの会話ログがアカシックレコードに蓄積されていくのだから、
「消失の日」以前のワンダラーの正体も、
最近「外の世界」から来訪者が増加している理由も、
彼らの会話ログを繋ぎ合わせることで容易に読み解くことができた。
「消失の日」の後に最初にログインした人間に関するデータだけは、
バロールの権限を超えたプロテクトによって守られていたようだったが、
それが誰なのかはおおよそ見当がついている。

「役目を終えたはずのこの世界をまだ弄ぶか。確かにあなたがたの作った世界ではある。
 ですがこの世界に生きる我々の意志は、もはやあなたがたのものではありませんぞ」


フィルトウィズは「外の世界」の人間が創り出した世界で、
バロールらフィルトウィズの住人は彼らから見れば電子データに過ぎない。

・・・しかし、だから何だというのだろう?
この世界の住民には自ら生きる意志がある。
意志を持ち自らの力で考えることができる電子データは、
脳細胞を伝わる信号によって考え、意志を持つ人間とどこが違うというのか?

*

バロールは再び、いつ終わるともしれぬ作業を始める。
彼は徐々にではあるが、フィルトウィズの根源に関わるプロテクトをも外す手段・・・
世界を形作る「プログラム」にも干渉する手段を身につけつつあった。
彼自身は今のこの世界を愛してはいたし、自らの手で作り変えようというつもりはない。
だが、「外の世界」からこの世界を弄び破壊しようとした際には
逆にこちら側から打って出ることも可能なようにしてある。

「・・・しかし、この世界の創造主はかなり気まぐれで好奇心旺盛だったようです。
 私がこういった技術を身に着けることすら、あなたに仕組まれている気がしますよ」

やれやれ、といった感じでバロールは独りごちた。




「第四魔将イグニスとデス」

永久凍土スノーホワイト。「雪の町スノーホワイト」と呼ばれていたころは、
多くのワンダラーが訪れたこの地も、今となっては動くものはほとんどない。
せいぜい、寒冷地に適応した特殊な魔族が稀に見かけられる程度だ。

スノーホワイトの中心に存在する「クリスタルキャッスル」の玉座で、少女は一人ため息をついた。
もっとも、そのため息さえ一瞬にして凍りついてしまうような環境下だが。

「お嬢、なーに少女マンガの主人公みたいなため息ついてるんッスかwwww」

その場に似つかわしくない、甲高く耳障りな声が部屋にこだまする。
少女は無言でその声の主である、氷の棺に覆われた骨の魔法使いを蹴飛ばした。
彼は轟音と共に壁に激突して、氷の破片が飛び散る。

「いやー、お嬢の蹴りは相変わらずさすがッスねーww
 これ生身で食らってたら死んでるッスよwwマジでwww」


その声に少女はさらにイラっとする。
・・・だが、こいつがいなくなったら自分の代わりに雑用をする奴がいなくなるので仕方なく我慢する。


少女は第四魔将『永久凍土の主』デス。ドクロを多くあしらった漆黒のドレスを身に着け、
青紫に輝くロングヘアを持つデスは、ひいき目なしに見ても絶世の美少女といって良いだろう。
・・・性格のほうはさておくとして。

そして、氷の棺の中に閉じ込められた骨の魔法使いは『氷棺の受刑者』という。
以前は魔族の間にその名を馳せた高名な賢者だったのだが、
デスの怒りに触れて氷の棺に閉じ込められ、奴隷としてこき使われている。
もっとも本人はこの状況も割と楽しんでいるようで、悲壮感は全くないのだが。


「・・・あなたはアテにしてないけど一応聞いてみる。
 男性にプレゼントを送るなら、どんなものが喜ばれるかしら?」


相当にばつが悪そうな表情でデスは受刑者に尋ねた。

「相談の中身まで少女マンガの主人公ッスねーww
 そうッスね・・・なんでもいいけどやっぱり手作りッスよ!
 まあド直球に自分を箱に入れて『私を召し上がれ♪』みたいなのもぐぎゃっ!」


喋ってる途中でまた蹴飛ばされる。足癖の悪いことだ。

「アテにしてなかったとは言え、ほんとにアテにならないと腹が立つわ。でもそうか、手作りか・・・」

しかしデスはクリスタルキャッスルにずっと引き籠っていたため、何かを作る技能は皆無だった。
できることと言えば、戦闘することと何かを凍らせることぐらい。
・・・かき氷ぐらいならできるだろうか。

「ああー、結局ダメじゃない!!もっとディガー様に相応しく高貴で、
 送った私の品性がにじみ出るようなものじゃないとダメ!!かき氷なんて論外!!」


デスはわしゃわしゃと髪をかきむしるような仕草をする。
ディガー様というのは第二魔将『葬送者』グレイヴディガーのことだ。
一言でいうとモテる。とてつもなくモテる。

「まーたディガー様ッスか、諦め悪いッスねお嬢もww
 まあ元々お嬢に品性なんて期待してないだろうし別にかき氷でも・・・うぎゃおっ!?」


今度は容赦なく全力で蹴飛ばされる。
永久に溶けないはずの氷棺に、いくつもヒビが入る。
もっとも、ヒビが入ったところですぐに修復されるのだが。

*

デスはシャリシャリと城の厨房で氷を削り始める。結局かき氷しか思いつかなかったようだ。

「シロップをどうするかが問題。この町のものは全部凍りついて使い物にならない・・・
 氷精(スノー)にでも運ばせて途中でグランシュタットの魔将樹から蜜をもらえばいいか。
 ・・・うん、いい考え。魔将樹の七色の蜜でシロップを作ったかき氷なんて今までにない」


かき氷とはいえプレゼントが一応形になりそうで、少しご満悦の表情になるデス。
・・・しかし、その表情は一瞬にしてひきつった。
美しい銀の容器の上にこんもりとしていたかき氷が、一瞬でただの水になってしまったからだ。

・・・いや、正確にはかき氷だけではない。永久凍土となったはずの
クリスタルキャッスルのあちこちが溶け出して、たちまちデスの一張羅で
ワンダラー達の間で超人気の装備だった「死神のゴシックドレス」も水浸し状態だ。

「おーっす、いないのかデス子ー!!出不精な妹のためにわざわざ会いに来てやったぜー!!」

クリスタルキャッスルの静寂も荘厳な美しさも、がらがらと音を立てて崩れていく。
この空気読めない声の主は、間違いなく第四魔将『灼熱焦土の主』イグニスだ。

「ア・・・アンタ何しにきたのよっ!!?こっちは今取り込み中なの!!!
 っていうか暑苦しいから半径20m以内に近寄らないでくれる!!?
 あとその『デス子』って呼び方やめなさい!!」


デスはばしゃばしゃ音をたてて厨房を飛び出し、玉座の間のイグニスを睨みつける。
膝までプールのように水につかっているせいで、ドレスの裾を持ちあげながら走ることになっていた。
もはや優雅さもへったくれもあったものではない。
(なお、もしもデスがこの場にいなかったら一瞬で水も蒸発して、
 クリスタルキャッスルはプールどころか荒れ地になっていただろう)

イグニスはデスとは対照的に炎を操る魔将で、見事な肉体美と鮮やかな紅の髪を持つ。
顔だって美形といって差し支えない。しかしこいつはバカだ。清々しいほどの戦闘バカだ。

「うっせーな、俺もこんなクッソ寒いとこに来たくねーよ!
 だがあの女が2人で打ち合わせしとけって言うんだから仕方ねーだろ?
 っていうか何か起きてからじゃ面倒くさいんで今のうちにさっさと合体しておこうぜー?」

「絶対イヤ」

即答である。イグニスの名誉のために一応断っておくと、
彼は別に妹に対して肉体関係を迫っているわけではない。

彼らの管理している2つの至宝「灼熱焦土の紅き炎」と「永久凍土の蒼き炎」は
世界の変革と停滞を司っている。言い換えれば時間の進行と停止を操ることができる。
何かまずいことが起こればそれ以前に「ロールバック」させることができるし、
一時的にフィルトウィズの世界を「凍結」させたり、凍結した時間を「解凍」させることもできる。
・・・2人できちんと力を合わせれば、の話であるが。

「だいったいよ!!イグにぃがデリカシーなさすぎなの!!
 年頃の乙女に向かって開口一番『合体しよう』はないと思わないワケ!?」


デスは白い肌を真っ赤にして怒る。うん、怒って良いと思う。

「あぁん?合体するのに合体しようって言って何が悪りぃんだ?
 デス子が嫌だって言うならこっちから無理やりしちまってもいいんだぞ?」


全く悪びれた様子もなく。イグニスがギア仕掛けの
炎を纏った巨大なハルバード「ムスペルヘイム」を構える。
・・・イグニスには珍しく多少加減する気はあるようだ。
素手で戦えばクリスタルキャッスルなんて軽く吹き飛ぶだろう。

「もういい、イグにぃに話でわかってもらおうと思った私がどうしようもないバカだった。
 この場でぶっ殺してファイアフォートレスまでお帰りいただくしかないわね」


デスもギア仕掛けで冷気を纏った大鎌「ニヴルヘイム」を構える。こっちは殺す気満々だ。

「まあまあおふたりともwwwぼくのために争うのはやめてくださいよwwwwww」

「誰がオメーのためだよ!!」
「誰がアンタのためよ!!!」


今度は二人同時に受刑者を蹴飛ばす。
受刑者はクリスタルキャッスルの天井を突き破って遥か彼方へと飛んで行った。

――いやー、やっぱりこの2人仲いいッスよねwwwww

*

結局この争いの勝負はつかず、人間側がフィルトウィズの根源を司る
至宝を手に入れてしまった場合のみ、2人で協力することで落ち着いたようだ。

果たしてデスのかき氷は無事グレイヴディガーに届けられたのか?
それはまた別のお話。




「第三魔将ハイペリオン」

グランシュタット騎士団領。フィルトウィズの中心地として、
多くのワンダラー達が行き交ったこの町も、今では完全に魔族の支配地域となっていた。
市街地の中心部「グランシュタット噴水広場」付近の人通りもなく、
無数の黒騎士(ブラックナイト)や戦乙女(ヴァルキリー)達と、
それを束ねる銀の将軍(ジェネラル)が出撃していく。
今回の「大侵攻」で第三魔将『天地無双』ハイペリオンの軍勢が選ばれたのだ。

その様子をグランシュタット城最上階のバルコニーから眺める5m以上に及ぶ甲冑。
一見すると金属製のようにも見えるが、
注意深く観察すると木に細かな装飾がなされていることがわかる。
この甲冑こそがハイペリオンの象徴である。

世界樹を切り出して作った剣の威力は天をも砕き、
世界樹を切り出して作った鎧はけして貫けないとも言われる。
無敵の力を持つ第一魔将ラダマンティスを除けば、
魔将の中でも一、二を争う戦闘能力の持ち主と名高い。のであるが・・・


「どうなさいましたの、城下をじっと眺めて」

グランシュタットには、その王城よりも遥かに高くそびえる2本の木がある。
そのうち1本はフィルトウィズの生命を司る、黄金色に淡く輝く葉を持つ「世界樹」、
もう1本は魔族達の力の源とも呼ばれる、七色の薔薇が絡まる「魔将樹」である。
その2つの木の枝が交わり広場のようになっている場所で、会話する2人がいた。

「ロジエ、ぼくは本当にあの騎士たちを指揮する資格があるんだろうか・・・
 ほんとのぼくは、こんなにも非力で戦いの訓練だって積んでいない。彼らとは大違いだ」


美少年とも美少女とも受け取れる、淡い緑の髪のフラウは自嘲気味にもう1人に喋る。
フラウであるゆえ明確な性別はないのだが、もう1人と区別するため「彼」と呼ぶことにする。

「気になさることはないの。あなたのなさることは常に正しいわ。だからラダマンティス様も、
 あなたを全面的に信頼して、フィルトウィズの新しきいのちを創りだす権限を委任していらっしゃるのよ」


ロジエと呼ばれた女性(もっとも彼女もフラウであるため明確な性別はない)は、
子供をあやすように優しく甘く抱きしめ語りかける。
実際、彼と彼女にはそれぐらいの身長差があった。

彼女の名は『魔将樹の剣姫』ロジエモール。
第三魔将ハイペリオンの軍勢の副官であり、その妻でもある。
白い髪に七色の薔薇を咲かせたその美貌は、フィルトウィズ全域に名高い。

「新しきいのちの創造か・・・今日も届出がたくさんあるんだろうね」

「人間側からも魔族側からも。人間側はエクスプローラーが増加しているから
 ペースを落としてもいいと思いますわ。魔族側のNPCを優先的に増やしましょう」

*

フィルトウィズで新しい対話成長型NPCが生まれる場合、
その処理は原則として彼が行い、それをロジエモールが補佐している。

新しいNPCの誕生には概ね2つのパターンがあり、
恋愛関係にある男女から自分達の子供キャラクター作成の届け出があった場合と、
人間と魔族間の戦力バランス調整のため、不足しているキャラクターを作成する場合だ。
どちらにせよ、指定した場所から突如キャラクターが「出現する」形になる。
作成されたキャラクターがどのような挙動をとりどのように成長していくかは、
対話成長型AIとその周囲をとりまく環境によって変わってくるので、
何もかもこの2人の思い通りというわけにはならないのだが。

「ロジエ、この世界・・・フィルトウィズはどうなっていくんだろう。
 当初ぼくたちはワンダラーをもてなす『ホスト』だと言われていた。だが、かれらは消失してしまった。
 だったら今ぼくたちが行っている、命の創造と『大侵攻』での浪費は何のために?
 ・・・そしていつか、ぼくの創り出したいのちが魔将を上回るときがくるのだろうか?」


「私にもわかりませんわ。ただ・・・」


ロジエモールは首を小さく振り、そして彼の頭を優しく撫でた。

「もしそのときが来て、この世界が終わったとしても。
 最期の瞬間までロジエはあなたにご一緒しますわ」


彼はそれを聞くと少し悲しげな目をして、ロジエモールの肩に顔を埋めた。
 



「第二魔将グレイヴディガー」

死者の箱舟。その名に相応しくないとも言える華美な装飾をされたこの船は、
数百もの死者の兵隊を乗せて、フィルトウィズ全域をあてもなく彷徨っていた。
その船首に佇むのが第二魔将『葬送者』グレイヴディガーだ。
普段は顔を隠してはいるものの、大変な美青年であり彼を慕う女性型魔族は多い。
今はなぜかその仮面は外しており、ブロンドの髪をなびかせていた。

「ああっ・・・ディガー様、物思いにふけるお姿もステキ・・・」
「早く今日のご命令を下さらないかしら・・・なんでもして差し上げますのに・・・」

そして、その後ろで目をハートにしながらはしゃいでいるのが、
グレイヴディガー直属の配下である、99人のリッチ達、通称『グレイヴディガー様親衛隊』だ。
彼女達は元々は人間だが、究極の魔力を求めて「裏切った」ソーサルギア達である。
体中つぎはぎや球体関節、むき出しの歯車などによって崩れそうな肉体を繋ぎ止められており、
見る者に憐れを誘う姿をしているが、本人達はとても幸せそうだ。

*

そのグレイヴディガーの元に1匹のギア仕掛けの梟が飛んできた。
第六魔将バロールの使者である、賢者の梟(オウルセージ)だ。足には手紙をつけている。

「わざわざ私の場所を調べていただいたのか、気遣い痛み入る。
 バロール殿にグレイヴディガーが感謝していたと伝えておくれ」


グレイヴディガーはオウルセージから手紙を受け取り、優雅に一礼する。
オウルセージは頷く仕草をして飛び去って行った。

「・・・やはりバロール殿もフィルトウィズの現状を憂いているようだ。
 黄金のドラコニアン無き今、『外来者』を裁く者はおらずその秩序は乱れていると聞く。
 このような状況があえて作り出されたとすれば、あの方はもちろんのこと、
 世界を監視しているはずのラダマンティスも、全面的に信頼しない方が良いということか・・・」


グレイヴディガーには、この世界が作られた当初から与えられた役割があった。
もしもこの世界が正しき方向を見失った際には、フィルトウィズ終末への葬送曲を歌えと。
そして、一度この曲がフィルトウィズを包み込めばラダマンティスですらそれを止めることはできない。

・・・「正しき方向」とは何か?
それは伝えられていないので、グレイヴディガーと魔将達が判断することになる。
だから、グレイヴディガーには世界をもっと知る必要があった。いざというときに判断を誤らぬよう。
そのため今に至るまで、フィルトウィズ全域を放浪していた。


「フュネライユ、今日は『夢幻の迷宮』に向かおうと思う。準備をしてもらえるかい」

「はいぃぃッ、ディガー様あぁぁぁッ!
 今すぐお供する黒龍とリッチを選別致しますのでお待ちくださいぃぃッッ!
 船頭(カロン)どもにもすぐさま出航の準備をさせますゆえぇぇッ!!」


フュネライユと呼ばれた銀髪のリッチは、歩み出て大げさに跪く。
そしてグレイヴディガーがこちらを見ていないのを確認して、
後ろを振り向きニヤリと笑い、指を2本立ててピースする。

―どうかしら?これが序列第一位の特権ってヤツよ?

その自慢は後ろで待機している多数のリッチ達にも伝わる。
フュネライユを睨みつける者や、ハンカチを咥えて悔しがる者、
連れて行って欲しいと熱視線を送る者、リッチ達の反応はさまざまだ。

*

「準備完了いたしましたッ、ディガー様あぁッ!!・・・っと、それは『かき氷』でございますか?
 ディガー様ともあろうお方がそのような下賤のものお口になさらずとも・・・」


フュネライユが出発の準備を終えた後、
グレイヴディガーは七色のシロップのかかったかき氷を食べていた。
容器も銀の細工がされた高級品だ。

「さる高貴な女性からの贈り物だよ、フュネライユもいただくかい?」
「はいいいいっ、頂きますぅぅぅぅぅッ!!!!」

頭を深々と下げ、両手でかき氷と銀のスプーンを受け取るフュネライユ。
他のリッチ達が嫉妬の炎に燃えるのを感じながらも食べる。ひたすら食べる。

―ディガー様の使ったスプーン、ディガー様の使ったスプウゥゥゥゥン!!
  ・・・あれ、でもよく考えたらこれを送りつけた抜け駆け女がいるってことよね?
  一体誰かしら、見つけたら今度暗殺しちゃおうかしらね☆

・・・頑張れフュネライユ。できるものなら。

*

「さあ、死者の箱舟を出航させようか。みな、よろしくお願いするよ」

グレイヴディガーはミュージカルの舞台に立っているかのように、華麗に振り向き一礼する。
そして頭をあげると同時に指をぱちん、と鳴らす。
死者の箱舟に搭乗しているアンデッド達・・・リッチだけでなく船頭(カロン)、首なし将校(デュラハン)、
死せる貴族(ゴースト)、骨の兵士(スケルトン)に至るまで皆が熱狂をして奇声を上げた。

さあさあ今日も楽しいパーティーの始まりだ。
身の程知らずの人間達に、我々亡霊騎士団の恐ろしさを見せつけてやれ。

「恐らく私の今の仕事は『外来者』のホストではなく、
 人間達に恐怖と絶望を与える邪悪であること、だろうしね」


くるりと振り返り船の前方に向き直ったグレイヴディガーは、
普段からは想像もできない、見る者を凍りつかせるような笑みを見せ・・・

そして、いつもの恐ろしい仮面で顔を隠した。




「第一魔将ラダマンティス」



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「ふむ、やはりこのプロテクトはまだ外れませんか。もう少々技術を磨く必要がありますな」

バロールは残念そうに呟いた。



written by marsh

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