フィルトウィズ旅行記

・登場人物

【うち】
このお話の主役 女性ワンダラーでプロジェクトスタッフの孫

真っ黒な長髪に黒い瞳の典型的な日本人カラーのフラウ
(ある著名なフラウにカラーリング以外は容姿がよく似ている)
バトルドレスはフラワークロースに重ねて手足を覆う程度の装甲や胸当てを追加しただけのもの
フワラークロースのモチーフはブラックヒーロー(黒鬱金香) 花言葉は「思いやり」「魅惑」「永遠の愛」

標準語と訛りの混ざった変な喋り方をする
ワンダラーなら稼ぎが低すぎてやらない交易専門のプレイヤー
ほとんど意味が無いと言われるマジカルクッキング以外の食道楽をするのが楽しみ

フラウ(黒鬱金香)/ケイヴウォーカー/アクセルギア

【スライ】
グランシュタットで出会った、猫人族(シルヴァテイル)の少女。

【アニー】
自称「電子の妖精」の花妖精(フラウ)。
蓮の花がフラワークロースのモチーフになっており、「うち」と容姿がよく似ている。

【ギアフォレスの自動販売機】

パネルのような葉に蒸気パイプのような幹の木々に囲まれながら、
アカシックホイールで舗装された道を走っていると街が見えてきた。
街中での走行は危険だからと駐機場に愛車を止め、
整備タグをつけてからこの街を歩いているとなんとも言えない気持ちになってくる。
現実から離れたというのに、階層こそ少ないがビルのような建造物、
そこら中を走る金属パイプからは蒸気が吹き出たりしている。
すれ違う人々はワンダラーを除くと現代風のパーカーだとか背広だとかを着た人が多いのだが、
この世界の人からすれば「ギアフォレス様式」とでも言うんだろうか?

道行く人はジェル状の携帯食やブロック状の固形食品を食べながらせかせかと歩いて行く。
主な食べ物は安っぽいスポーツドリンクや柑橘系の味のジェルや、
チョコやドライフルーツの入ったブロック。
たまにおやつ代わりに食べる分には良いのだが腹を満たすには不満が残る。

「それにしても腹、減っとぅなぁ……」

どうにもこの街は美味い匂いだとかがまるでないし、
料理店もどこもかしこもスピード勝負な感じがしてゆっくり食べれないのが困る。
かといってリアルに戻って食事をしてもここのと大差は無い・・・が、ふと思い出したことがある

「確か昔のヤマトの人はほとんどの事では怒らんけど
 食と風呂と陛下の事では全員本気で切れるっちゅう話が……」

そのせいかとにかく食に煩くて、缶詰や保存食の味にも気を使い、
毒性のある食べ物もどんな手でも毒抜きをして美味ければ食べるという話だ。
この世界を監修した人は東洋好きや出身者が多いという話だから、
そっち系にもこだわって作ってたかもしれない。

蒸し暑いのか目の前で汗を拭いながら中年男性が入って行った店に、
後追いで入ると自販機がずらりと並んでいる
その中ではレトルトパウチや缶詰が多量に並び、ジェルやブロックはほとんど売り切れていた。
どうにも彼らは時間を買うほうが好きらしいが、自分は時間で美味い飯を買う方が好きだ。

「とりあえず米やな米……」

並んでる缶詰だけでも結構種類がある。折角これだけ有るというのになんとも勿体無い事だ。
さてどれにするかと適当に迷った挙句、これが良い、と思って鶏飯の手を伸ばすと
目の前でその鶏飯の缶が購入されてしまった。
いや、別に横入りだとかマナー違反だとかではなくなんとなくこう、
他の人に目の前で選ばれると同じのを選ぶと何かに負けた気分になる。

それならばじゃあ・・・赤飯。うん、祝い事はないが別に良いだろう。
後はおかずだが餅米に合いそうなものとなると、醤油の味が恋しいし……
大和煮、それと豚汁でいいか。この世界なら栄養の偏りの心配はないだろう。
最後に飲み物として茶色い瓶の炭酸ビタミンドリンクを外の自販機で買えば、
今日の昼食の選択は終わりだ。それにしてもこの街には侘び寂びが足りないと思う。
一人がら空きのテーブルの上に備え付けのお湯で温めた缶詰とレトルトの豚汁を並べて手を合わせる。

「ほな、頂きます」

開封した缶詰達からは良い匂いが漂っている。
ヤマト民にはやはり醤油と味噌の香りが遺伝子に刻まれてるのではないだろうか。

「んー……ちとネバつくけど、悪くはないなぁ」

もちもちというよりはちょっとネチョネチョした感じだが、
缶詰だしこんなもんだろうと思うと悪くはない。いや、むしろ缶詰なら美味しい方ではなかろうか?
しかしこの小豆のパサつきも大和煮の甘辛いタレと一緒に放り込めば丁度良い。
…決して負け惜しみではない、美味しいんだ。

*

「しもた……食べ過ぎた……」

パサつきとネバつきに負けるものかと大和煮ばかり食べてたらなくなってしまった、がこうなっては仕方ない。
行儀は悪いが具材だけ先に食べて豚汁の残りの汁に赤飯をぶち込んで食べてしまおう。

「おっ、悪ぅないな……けどばーちゃんに知られたら怒られるなぁ」

餅米と味噌汁を一気に流し込み軽く一息つけば、
いい感じに温くなった炭酸飲料を流し込む。
うん、これはビタミン味だ。なんというか、ビタミン。

「ごっそさんでした、っと」

全てのゴミが分別されず同じゴミ箱に放り込まれるのはどうかと思う。
メンテで消えてなくなるとはいえ、これは気持ちの問題なのだ。

軽く一服しながら、流れていく人混みを見つめると、
やれ効率の良い狩場だの、最大効率の出せるパーティー構成だのと話してるのが聞こえる。

「あの人ら、あんなに急いで何が楽しいんやろなぁ……」

つぶやきに答えてくれる人など居はしないが、一泊したら次の街に、風景でも楽しみながら向かうとしよう。



【グランシュタットの山盛りヴルストとポテト】

長い時間山間を走ってやって来たのはグランシュタットの城下町、
見上げた先には山に挟まれるようにそびえ立つ王城。
現代にそびえ立つ鉄と石の箱より断然こちらが好きだ。

石造りの建物に石畳の道、まさにファンタジーといえばこれ!というような風景だ、が……
町の中央の噴水広場の噴水に屯して座って露天を開いたり、
パーティー募集の看板を立ててるのがなんか風景を台無しにしてる、うーん……

町中を歩く人はファンタジー世界らしい麻や革製の服が多いが、
標高がある程度高いからか肌寒く、ジャケットやコートを着ている人間も多い。
そしてよく見るとコートやジャケットがハードレザーだったり、
上着が皮の胸当ての一体型だったりといつでも戦う気満々に見える。
町中で完全武装しているのもこの手のゲームではよくある話だ。

「まあそれはそれとして……何食うかねぇ」

美術品としての刀剣や飾り鎧は注文品ならともかく、
交易品として使うには微妙であったので金属細工や木像等を少し仕入れたくらいだ。
どうにもこの土地には「遊び」が少ない、交易品というより実用品ばかりなのは少々残念だ。

「お姉さんお姉さん、お腹へってるなら寄って行ってお金落としてって!」

えらく直球な呼び込みが聞こえる、直球どころかこれは半ばビーンボールじゃないだろうか?
水色の髪のシルヴァテイル(猫人族)の小さい女の子は、
歯に衣着せぬ物言いで呼び込みをしている。
着てる服からして結構良い所の子にも見えるのだが。

「嬢ちゃん、何が名物なん?半端なものだったら満足せぇへんよ?」

「ボクはスライ、スライでいいよ。グランシュタットと言ったらここのお店の【並盛り】がいいよ」

メニューも見てないのに【並盛り】とだけ言われてもなんのことかわからないが、
まあ地元民っぽいし、紹介されたのだしそれもいいかもしれない。
店の中はこの時間帯から酒を飲んでる労働者の姿に、肉の焼ける匂いと油の弾ける音が聞こえてくる。
とりあえず注文したのはいいが何故少女も向かい側に座っているのだろうか?

「なんでお嬢ちゃん…あー、スライも座っとるん?注文してないやろ?」

「少し分けてよ、多分お姉さんも納得するから」

並盛りで少し分けてとかあれだろうか、一口でいいからとかそういうことなんだろうか?
耳をパタパタ尻尾をパタパタとさせてるのは可愛らしいく、
まぁいいか、等と思っていたが目の前に出された皿を見て思考が止まった。

「並……これは、山盛りやろ?」

「グランシュタットではこれが並盛りだよ?
 グランシュタット盛りとか言うけど、知らない人が大盛りを注文して地獄を見るんだよね」

子供の両腕で作った円くらいはある大皿の上に乗せられたのは、
半分が櫛切りのフライドポテト、残り半分がいわゆる焼くタイプのヴルスト。
ソーセージやフランクといったほうが通じるだろうか?
文字通り山盛りに積まれたそれは明らかに一人前ではない。
なんてこった、これでは一人で注文できる店がないということではないだろうか?

そんな事を考えてるウチを気にせず少女はと言うと布巾でヴルストを掴み、
先端から熱さを調べるように軽く舌先で舐め、
火傷しないのを確認するとパクリと咥えこんでいた。
良い子はそういう食べ方をしてはいけない。
いや、猫人族だから猫舌なのかもしれないが、そういう食べ方をしてはいけない。

「ふむ……ちとしょっぱい感じはするけど、これはこれでえぇな」

カリカリになるまで揚げられ塩をふっただけのポテトは良い、
塩っ気と芋そのものの味は素朴で疲れてる時には塩分も含めてちょうどいいかもしれない。
ヴルスト用に一緒に置かれたトマト系の味がするソースに付けても美味しい、
バーベキューソースみたいな味だ。肉用だからか味がちょっと濃い。

「確かに名物になるだけあって美味いなぁ、ただ……やっぱ多すぎやろ?」

ヴルストがポキッ、と良い音をたてる、口に広がる豚肉と肉汁の味が素晴らしい、
ただちょっと味が濃いから連続して食べると口の中がえらいことになる。

*

この後二人で芋と肉を交互に食べ進んでいったのだがそれでも残る、余りは包んでもらおう。

「冷たいの二人分くださいな。あとお勘定頼んますー」

ドンッとでかい木製ジョッキで持って来られた麦茶で口の中の脂を洗い流しながら、
残ったヴルストは移動の時にホットドッグにでも改造してしまおうかと考えていると…

「それにしても、この山盛りが普通だとお客さん減るんじゃないですかね?」

「……?一人前もありますよ、分かってて注文したんじゃないんで?」

……ん?

「スライ、あー、あの水色頭の猫人族のお嬢ちゃんがこれが普通やと言っとったんですが……」

「あー……ベルリアさんとこの……それ、名物を聞いたでしょう?
 あの子ちょっとばかりアホの子でしてね、聞かれたとおりに『名物』を答えたんでしょうな」

「たーかきおーやまにー(高き御山に)みーつるぎさーさげー(御剣捧げ)
 きーしのこーころはーおーうにさーさげー(騎士の心は王に捧げ)」

彼女の姿を探すと酔っ払い達のど真ん中で元気に歌ってるじゃないか、作詞作曲は彼女らしい。

「おーうのこーころはーたーみのどれいー(王の心は民の奴隷)
 たーみはこーころはきーしのかてー(民の心は騎士の糧)」

……子供が作ったにしちゃキツイ歌やなぁ。

【スノーホワイトの巨大蟹グラタン】

どうしてこうなっているんだろうか?

雪のやまない一面の銀世界、その奥地にあるスノーホワイトの城下町と、
全てが水晶で出来ているのではないかというような
王城クリスタルキャッスルは素晴らしい光景だった。
(そのために何人のゲームスタッフが倒れたのかは分からないが)
町の人は全員がコーディネイト以前にもこもこのついたフードを被り、
コート自体ももこもこしてるのはエスキモーか何かのようだ。

ファイアフォートレスの麓、熱帯の密林で亜人達から仕入れた果実や硝子砂を、
袋にありったけ詰めたものをここの品と交換してもらう。
氷河や氷山からはミスリルやカラーストーンの原石、
それと水晶等が結構取れるらしい、鉱石が主な産物なのだろうか?
露天に並ぶ食品は蟹ばかりだ、蟹蟹蟹蟹。せっかくなので子蟹の足でも買っていこう。
幸いフィルトウィズでものが腐る事はないのだし、多く買いすぎても家に保存すればいい。
町の外では膝の高さくらいまである子蟹と、人間サイズの親が鋏を突き出し前方に向かって歩いて行くのだ。
たまにウォリアーが手を出してリンクしまくった集団に追いかけられたりもしている、

*

それはさておき、今の状況なのだが……

「で、いつになったらこの吹雪がおさまるのよ、もう二日目よ二日目」

「さすがに知らん、うちは移動する時に近々吹雪くって説明したやろ?それでもついてきたんはアニーや」

本格的に吹雪く前に手早く作った雪洞に避難したのだが吹雪が止む気配を一向に見せず、
自称電子の妖精を名乗るフラウの少女と一緒にいるのだ。多分デザインは蓮。
しかしここまで容姿が被ってるとどっちかをコピペしたみたいだ。
フラワークロースとカラーリングが違うだけのレベルだとこれ結構な確率なんじゃないだろうか?
やたらフラウに拘りが多いばーちゃんがくれたデザインで、結構気に入ってる容姿なのだが。

雪洞の入り口は蓋にしたあと、室温を高めるための焚き火を作っていたのだが、
この子は暇になるとみるや、人の肩にひょいっと乗ってくるのだ。
100cmもないから重さは大した事ではないのだが、自分も小さいから首がきつい。

「それよりも早くご飯よご飯、さっさとしなさいよ」

「ウチはあんたのかーちゃんじゃないんやから急かすな。我慢できんならやらん、そしてせめて横に座り」

ぶーぶー文句をたれながらも横に移動するのはまあ悪い子ではないのだろう、
けど親の話を持ち出すとよく見ればなんか泣きそうな顔になってるので手に負えん。
移動中に見つけたフロストクラブの幼蟹、通称スノーホワイトクラブ、
頭からそのまま身やミソを取り除いたものをそのまま器にしている。
本体の中に流し込んだのは出来合いのホワイトソースにほじくりだした身とミソ、
マカロニが欲しかったがなかったのでラザニアをぶち込み、最後はチーズをたっぷりかけて焼いた。
特製カニグラタンの完成だが、そのまま1匹を器にしたせいで思ったよりでかい。
普通のグラタン皿の倍くらいはあるがこれでもあの蟹なら小さい方なのだから仕方ない。

「ほれ、さっさと機嫌直して食べとき、当分吹雪もやまんが、食料はそれなりに買うてるからな」

熱々のグラタンのチーズの壁をフォークで突き破ると漂ってくる香りはグラタン、
うん、まごうことなきグラタン。けどちょっと蟹入れすぎて蟹臭いかもしれん。
ラザニアと蟹を突き刺してチーズもついで巻取り差し出してやれば食いついてきた。
機嫌は直ったらしい、うーん、ちょろい。この子大丈夫だろうか?
ほれほれと散々与えてると自分が食べる分がなくなってしまう、
フラウだから別に水でいいんだけど太陽光が出てないから食べておきたいのだが……
目を閉じて口を開けてるとこでフォークを回避させて自分の口に運ぶ、
ちょっと固めだけどラザニアは小麦の味がして美味しいし、出来合いのソースだからダマになってないのも良い。
蟹はしっかり蟹の味がするけどちょっと塩味が強いかもしれない、
次に作る時は塩抜きをしてみよう。そしてチーズは実に良い、グラタンの醍醐味はやっぱチーズだよ。

そんな風に何度か味わってると運ばれてこない事に気づいたのか、こっちを見て肩を揺らしてくる。
熱いフォークを咥えてる時にやると口の中を火傷するのでやめなさい。

「なんで自分だけで味わってるのよ!早く次よ次!ほら早く!」

「ウチだって腹も減るんや、少しはゆっくり食べさせとくれ」

二本目のフォークを差し出すと拒否する癖に食べさせろとはこれいかに、蟹だけに?
…聞き流しておくれ。

*

この後追加で一匹分作り、満腹になった後はアカシックホイールの荷台をベッド代わりに、
毛布を敷いて二人で寝た。こういう時フラウで良かったと思う、小さいしスペースに余裕があったし。

結局吹雪がやんで移動を再開したのはこれからさらに五日後、
その間この小鳥の世話をする事になったのはまあ楽しかったと言えば楽しかったのだ。



【閑話・シュセン海峡】

雪山登山という名の吹雪の監禁から逃れて数日、
途中の村で補給をしてから頂いた野菜スープは素朴な味だったが良いものだった。
アニーもなんだかんだでブツブツ言いながらも普通に食べてたので及第点だったのだろう、
もうちょっと口が悪い部分を減らすべきだが丁寧なアニーはなんかキモいのでまあいいか。

そういえばあんな場所に村があったっかと悩んでいたが、
つい先日ダンジョンが近場に生まれて発展した村らしい。
これがダンジョン経済か等と感心しつつ、今度は大陸の東へと向かってアカシックホイールを走らせる。
途中の分かれ道で南下すれば夢幻の迷宮へといけるが、
ウチみたいなソロ交易プレイヤーには用のある場所ではない。
それにしてもせっかくの分かれ道でワンダラーも結構通る場所だと思えるが、
なぜここに街や村ができないのだろうか?と考えてみたが、
ある程度レベルをあげて稼いだワンダラーは転送絨毯を買い込んだり課金の転送アイテムを使うせいだろう。

*

とりとめのない雑談をしながらしばらくすると、
反対側が見えないほどの石橋と建物がぽつぽつと見えてきた。

「見えてきたわよ、あれがガンエデンの中心」

「中心はグランシュタットやないの?海峡を跨ぐ橋の町っちゅう
 コンセプトはええと思うけど中心というには人が少なすぎるよ」

「世界を分断してるんだからそこが真ん中でしょ」

世界の分け目か、ふむ、そう説明されると納得できるような。
この橋の中心がアカシックホイールや運搬馬車が通るための道らしく、
両側には建物があるのだが数が随分と少なくないだろうか?
通行料を取らない渡しだから少ないのだろう、立ってるのは数件の宿と倉庫。
それと、釣具屋…?釣具なんで?

「アニー、釣具屋や。気にしてなかったけど橋の端っこで水は遥か下やっちゅうのに釣りしとる人が多い」

「下が海水だからでしょ? ここなら淡水魚じゃなくて高級な海水魚が釣れるみたいだし」

そういえば海は侵入不可エリアが多くて海水魚は高いのか、
となるとここの釣り師達は一攫千金狙いで海水魚を釣ろうとしてるらしい。

「けど小物ばっかや、これならシーリンクの方がよっぽど釣れるんとちゃうか?」

「時々だけどここをマグロが通るのよ、シーリンクは通り道じゃなくて釣れないし」

なるほど、あのやたら高いマジカルクッキング素材のマグロか。
いつだったかアズマがヴァージョンアップで追加された時に、
マグロもアズマに向かう船の途中で釣れるみたいな話が掲示板に出てた気がする。
しかし、シュセン海峡の話なんて掲示板で一度も出てなかったはず?

「ろくに経済活動に貢献しないワンダラーに周りが情報なんてくれるわけないでしょ?馬鹿なの?」

「ウチかてワンダラーや、それに結構いろんな情報とか教えてもろとる」

「そりゃアンタは有名だもの、快く協力するでふぉうよ……ふえぇい、放しなさい!」

疑問符を頭に浮かべてるとドリンクホルダーに固定されてるジュースを飲まれてる、
まだ自分のが残ってるのにウチのほうから持っていくとは良い度胸や。
頬を軽く摘んでオシオキをしてるとふと疑問に思う、何故自分が有名なのだろうか?
もっとガンガン攻略してるプレイヤーとかの方が多いだろうに。
少しの間おとなしく摘まれてたいたのを振りほどかれたあと、
ウチが質問をしてみたところ、解答は意外なものだった。

「ここだけの話、ワンダラーって商売人にはあんまりよく思われてないことが多いのよ。
 態度は悪い奴は多い、ワンダラー同士でGPを回す、便利な素材や製造品もワンダラー同士で回す、
 店で素材は買い占めて転売する、たまに落とすGPは宿代くらい、
 売ってくれるのは使い道のほとんどない素材ばかり、そりゃ嫌われるでしょうよ。
 だからアンタみたいな交易をする連中は重宝されるのよ、経済活動に貢献してくれるからね」

この話通りだと対話成長型NPCも割と上辺だけの笑顔だったりするのだろうか。
結構怖い世界を知ってしまったような気がする。

けどまあ、知らぬが仏。他のワンダラーに言う気はないし、ウチにはよくしてくれている。
こうして本音を喋ってくれる子もいるわけだし、ただ…

「そのおやつはウチの分や」

こっそりと菓子を持っていく子の頬をつねりながら、この橋を通り過ぎて行くのだった。



【シーリンクの干物】

シュセン海峡をすぎ、大きな森を迂回すれば香るは潮風、シーリンクが近づいてきた証拠だろう。
横でアニーは風がべとつくだのなんだの言っているが、この潮の香りの貴重さはこの世界の住人にはわかr……
なんかめっちゃ磯臭い、こんな香りなくなればいいのに。体感率の不快な要素のメーターを少し下げておこう・
磯の匂い以外にも鉄さびの臭いが凄いせいで屑鉄街なんて呼ばれてる、
地域と薬品の臭いがやばい汚染地区もあるらしい。クエストとかしてないので行ったことがないが。

「シーリンクや、ここはギアフォレスの背広が良く売れるんやけど、なんでやろな?」

「さあ…確かワンダラーのニンジャが登場し始めてからだったと思うけど…
 ワンダラーの世界の文化だったりしないの?」

「そんな文化知らん、ニンジャなら黒装束とかやろ」

入ってすぐ向かったのは船着場で、ここでも釣りをしてる町の人の姿は多いが、
ワンダラーが釣りをしてる姿はほとんどない。
船出の時間を聞いた後に券を買ってホイールに乗り入れタグをつければ、とりあえず向うのは交易品店。
ウチ以外のワンダラーが入ってるのはほぼ見た事はない。
ウチとプレイスタイルが被る人なんてそうそういないのだろう。

交易所に入るとたまに遭遇する背広の中年のおっちゃんと会うがお互い頭を下げるくらいで、
特別交流はないが、とりあえず挨拶はしておく。ドーモドーモ。

「この挨拶も微妙におかしい気がするんやけど、誰かが文化爆弾でもぶちこんだんか?」

「汚染地域のニンジャはだいたいこの挨拶だけどね、何に汚染されてるのかわかったもんじゃないわ」

なんだろう、現実世界のジャパン文化と何かが違う気がする。

*

さて、ここで仕入れるものは大体が干物や海産物なのだが、
何を仕入れるかと商店を歩いてるとアニーがいない。
どこにいったのかと首を巡らせれば乾物の所で立ち止まっていた。
ふむ、鯖っぽい魚の一夜干しやな、悪くない。
明らかに買えと言うようなオーラを放ってるアニーをしばらく見ていたが、
買うまで動く気はなさそうなので仕入れ用以外に2尾を購入。
米は近くの食堂で食べれるらしい、持ち込んで調理してもらおう。

「最近とみに遠慮が無くなってきてへん?」

「アンタなら遠慮はいらないでしょ?アタシと似たようなものだし」

何が似てるのかよう分からん、容姿は確かに被ってるが……
もしかして彼女のデータもばーちゃんが作ったのだろうか?…ま、いいか。

そんな話をしながら注文を待ってると生の焼き魚とはまた違う、
焼いた干物の香りとツンツンに立った白米、これは美味い。
干物を軽くほぐして白米と一緒に口に運ぶ、うーん塩味。
この所塩味のものばかり食べてる気がするがこれはよい、白米との組み合わせが特に良い。
ちょっと醤油をかけても美味しそうだがここは半分くらいはそのまま食べてみよう。

「で、さっきから何しとるん?バラバラ死体の生産はあかんで」

骨を相手に悪戦苦闘してるのをちょちょいとバラしてやるが、
何故口をあけてるのか。食べさせろというのかコヤツは。
まあここで食べさせてやる自分も甘やかしてるのかも知れないがまあいいだろう。
妹みたいなものだ、年齢はしらんけど。
白米と一夜干しをまとめてほいほい放り込んでやっては自分の分も食べ進める、
ご飯にちょっと染みた醤油ご飯が美味しい、卵をぶち込んでも美味しいのでないだろうか?

気がつけばほとんど食べさせてやっていた。甘え上手め、船での移動まではおやつは無しや。
そんな事をこっそりと決めながら、船の時間までは軽く二人で釣りをしながら過ごしたのだ

…もちろん、魚を外すのもウチやし、餌もウチがつけたけどな。



【閑話:ガンエデン-アズマ間海上】

私が彼女と出会ったのは偶然でもあり、また必然でもあったのだと思う。

今私達が乗っている船甲板では商人が釣り竿を下ろし、
リザード傭兵団は船底に取り付けられた漁網の様子を見ているようだ。
そんな中、件の黒鬱金香の彼女が釣り竿を垂らしているのだが、その目は真剣だ。
「蛸や、蛸こい……」とかつぶやいてるのでそれを食べるらしい
あんなうにょうにょした生き物が美味しいのだろうか?

*

最初に彼女を見かけたのはギアフォレスに隠してあるプレイヤー観察用のカメラに写っていた姿だ。
あまりにも似た姿に思わず飲み物を吹き出したのを覚えている。
モニターの中で食事をする彼女は楽しそうで、
その後自分の手元の食事を見ると、味は劣ってないはずなのにひどく味気ないものに見えたのだ。
その時はサーバントマスターに「死んだ魚のような目になってますよ」とくすくす笑われたものだ。
なんか腹がたったのでその後むちゃくちゃマラソンさせた。

次に見かけたのはグランシュタット。
ホクホクのポテトを猫人族と楽しそうに食べている姿だった。
特に理由はないが、帰ってからサーバントマスターにむちゃくちゃマラソンさせた。

3度目の出会いはスノーホワイト、買い物にいった彼女を待ち伏せて、
アカシックホイールの座席に普通に座って待ってみたのだ。
戻ってきた彼女はこっちを一瞥すると普通にエンジンをかけ、
もう一度一瞥すると「多分吹雪くで?」と言うので「別にいい」と答えたらそのまま走りだしたのだ。
文句を言う素振りすら見せなかった彼女は、割と普通のフラウと感性が似てるような気がした。

雪洞ではひっついてみたり、肩に乗ってみたりしつつこっそり彼女のデータ構成を調査してたりした。
そして間近でみて分かった、自分と構成が本当に近い。
デザインのマスターデータはほぼ同じモノのようで、案外「姉妹」というのも間違いではないのかもしれない。
ほぼ間違いなく創造主のうちの一人、あの妖怪が関わってる。
あれは間違いなく味方だができれば近づきたくない人種だ、何かと甘い癖に意外とルールにだけはうるさいから。

避難するための雪洞で彼女のが作った料理は美味しかった。
食べたことはないのに懐かしい気持ちと温かい気持ちになった。
もしかしたらパパやママとの食事というのもこういうものなのかもしれない…

この日は寝静まった頃にサーバントマスターに連絡を取り、
第三魔将の仕事の手伝いをして時間を作るようにするのと、少し休憩してもいいと告げた。
けどその後むちゃくちゃマラソンはやらせた。

*

なんにせよ彼女には感謝をしている。
この「姉」のため、世界の終わりの日までの短い時間なら付き合ってもいいかなと思っていた。
そう、フィルトウィズに彼女がいられる時間はもう残り少ないはずなのだ。

…それはそうと、この顔に蛸が貼り付いてるのはナンデ?



【ヌオックの香辛料と海老のスープ】

ガンエデンからおよそ半日程でアズマの玄関口である熱帯の港町ヌオックへとついた。
アカシックホイールは別の小舟で駐機場におろしてくれるので二人で小舟へと移る。
この小舟は使い終わったら駐船場とでも言うべき場所に停めておけば、
あとで勝手に回収するので好きに乗っていていいらしい。

「で、どこいこか?仕入れは後回しにしてもいいし、少しくらいなら滞在してもえぇよ」

しかしこの船……ハンドルとペダルで操作できるのはいいが、オールじゃないのは何故だろうか?
あぁ、狭い道になるとオール同士でぶつかるから足漕ぎ式なのか……もっとなんかいい案あったやろ。

「とりあえず何か食べたいから適当にうろつくのは?」

入江の竹組の足場の群れと、水の上に建てられた竹の建築物の群れはこの街独特の風景だ。
足場を歩く人達は男性は笠をかぶりシャツと膝丈ズボン、
女性は前合わせの立襟の足首まであろうかと言う体のラインが出るような長上着。
スリットが腰骨辺りまであり、見えてしまいそうだ。
二回言うが、スリットがえらいことになっている。

キコキコとペダルを漕いで水路を進む。
フラウの短い足で漕ぐと大変だからアニーにも一緒に漕いでほしいのだが、
まあ漕いでくれるわけないので一人キコキコ……
多分明日はふくらはぎパンパンやろな……
交易所で香辛料とかを仕入れるのは帰りにしよう、
ミヅホに持って行ってもそんな良い額にはならないし。

マーケットも建物の中ではなく少し大きめの船に荷物を積んで商売をしている。
料理まで船の上で火を使ってやるというのだから凄い、水上マーケットというやつだろうか?
中にはただ単に昼寝や釣りをしてる人とかもいるが、流されへんの?
…あっ、錨をおろしてるのか、なるほど。

それにしてもこの街、建物の中で商売してるのは宿とギルドくらいではないだろうか?
それくらい大きい建物というのを見かけない。

「なんかこうここ独自って感じのは……おっ、あれはどやろ?海老入っとるで海老」

「海老っていうだけで微妙にテンションあげるのなんか貧乏臭くないアンタ?」

「えぇやんか海老、、ウチの世界の海産物って養殖のペーストばっかなんやもん」

あんなもん喰った気がしないっちゅうてたばーちゃんの言葉もこっちで理解したもんや。
けど味のするペーストって料理の素材には十分使えそうなんやけど、やっぱ微妙か…

ささっと二人分の支払いを済ませると、器に大鍋からスープ貰って邪魔にならないように移動を始める。
けど波に揺られながらの食事というのも良さそうなので広い場所で錨を下ろして食べてみよう。

「ふむ……真っ赤や、それに結構辛いで?アニー食えるか?」

多分いろんな香辛料をぶち込んで真っ赤になったスープに浮かぶ大きな海老。
カットレモンがついてたのでこれも途中で搾ってみよう。
隣で涙ぐんでる子は見ない事にして早速少し飲んでみる…
口の中がヒリヒリするくらい辛い、悪くないけど個人の好みとしてはちょっと苦手かも。

「うーん、から酸っぱい……これが辛酸を嘗めるというやつやろか……」

レモンも入れてみたんだが余り自分には合わないかもしれない、
残念だが残りは持ち帰ってだし汁で薄めてみよう。
それでも厳しいならもったいないが捨ててしまおう、無理して食べるよりは健全だ。

「唐辛子のせいで今までのペースがずれたわ……」

涙目で呟いてる子にはヨーグルトドリンクを与え、
とりあえず今日は適当な宿に泊って早々に寝てしまおう……
朝食にだし汁で薄めたスープは辛さが薄まり普通に飲みやすかった。



【ミヅホの寿司】

竹林の道をスワンプランナーが引く乗合馬車(蜥蜴車?)を
アカシックホイールで追い抜いて進むと見えてきたのは白い壁。
歴史の授業で習った記憶があるようなないような、遥か昔のジャパンの風景が広がっている。
朱塗りの橋や木でできた家には、確かに独特の魅力を感じる。

「おー、なんかやっとアズマに来たって感じやなぁ」

「ワンダラーはだいたいアズマって言うとミヅホの事を言うわよね。
 やっぱりこれがワンダラーに取っての東のイメージなの?」

「東の国っちゅうたらやっぱこういうイメージっちゅうんはあるな。それと寿司、天ぷら、蕎麦」

街中を歩いてると店は色々あるのだが時間が時間だからかどうにも人が多い、
人が多すぎる場所で食べるのは余り好きじゃないのだが、いっそ露店とかどうだろうか?

「おっ、寿司や。これ屋台でやってるもんなんやなぁ」

竹製の箱に収められた握り寿司の詰め合わせをとりあえず2箱頼み、
宿まで持ち帰るのもなんなのでその辺で食べることにした。
すぐ近くで見つけた茶屋でお茶だけ頼んで床机に並んで座る、
フラウの背だとちょっと高いけれど足をぷらぷらさせる分には丁度いい。

「おー……一通り入ってる、稲荷寿司もあるわ」

「狐向けじゃない?あんまり人里には出てこないけどナインテイルっていう種族がいるのよ」

そんなのがおったんか……
エルフとかドワーフみたいなメジャーどころがおらんのに妖狐はいるんやなあ。

せっかくなので稲荷寿司からいただくことにする。
お揚げで指がちょっとべたつくのは稲荷寿司の宿命なので仕方がない。
ちょっぴり甘みのあるお揚げと五目の相性は大変よろしい、二個位入れてくれればいいのに。

握りの方は……でかい、これはもしや「大握り」ちゅう、
握り寿司が生まれたばかりの頃のでかい奴ではないだろうか?
フラウのお手てからはみ出るような具がのっちょる、シャリが見えへんでシャリが。

まずは玉子、と口に含んだのはいいがなんだろう?なにか足りない……
玉子のだしの味も良い、けど手になんでこんなにシャリがぺたぺたと……あと何か味が足りない……

「そか、これ酢飯やないんか」

「酢飯?なんで酢なの?」

「ネタを腐りにくくするためとか、まぁ色々やな」

「ここでは【腐る】って事はないもの、そういう気遣いが発展したりはしないわよ」

それもそうか、期限切れで消滅はあっても腐敗はないしな……
そんな事を考えながら指についたシャリをぺろぺろと剥がしたりしていたら何やら広場が騒がしい

方や棒切れ、削り方からして刀でも模そうとした努力が多少伺える棒を持った、
少し派手さのある着流しを着た黒髪の少女、傾奇者(悪餓鬼)のサスライか……
そして方やもんぺに白髮の少女。よくよく見ると裾や襟首がチリチリと、
火が灯ったように揺らめいてる、これは霊獣人(デモニカ)やな。
お互いが難癖つけるような物言いが少し続き、お互いがPvP宣言をして戦闘が始まった。

「複数で来たから複数でかかると思ったんやけど……なんでタイマン?」

「傾奇者って相手より大人数でかかるのは恥ずかしい事なんだって。まぁ、悪餓鬼なりのポリシーって奴ね」

負けたら負けたで素直に諦めるのもルールらしい、なんともまぁ、潔い悪餓鬼なことだ。
お互い全力で、女の子同士だというのに顔面を平気で殴りあっている。
周りで賭けが始まる辺りこの街は祭りや喧嘩が大好きらしい。
PvPをツマミに寿司を食べていると、なんだかスポーツでも見てる気分だ。



【ガンダルヴァのきのこ鍋】

洞窟走行こそケイヴウォーカーの本領発揮と言わんばかりにスピードを上げる、
久しぶりの全力走行にアニーも喜んでいる、感動のあまり涙まで流して凄い歓声じゃないか。
タゲ切りならまかせろー、と崖のギリギリを片輪走行したり、
レースゲームじみた走行をして魔物を振り切るとついた街がこの地下世界のガンダルヴァだ。
最後にはステーションの個人用の駐機場にドリフトからのバックターンをして、
ノンストップで滑らして止めるのが礼儀である。個人的に。

ぐったりしてるアニーを担いで向うのはミヅホの交易所で紹介してもらった宿だ。
ミヅホでも和服を仕入れたいがここに卸しても大した額じゃないし、
鉱石類をここで仕入れてミヅホでさばいてからミヅホで和装を仕入れよう。
こういうやりくりの楽しさを分かってくれる人が少ないのが寂しい。

「一見さんお断りの宿か、こういうんもあるんやなぁ……食事が楽しみやわ」

「ワンダラーじゃ普通泊まれないからね、アナタの価値を自覚しなさいよ?」

「価値なんて他人じゃなくて自分で決めるもんや、そんなのは知らん」

肩の上でぐったりしてたのにいつの間に気がついたのか。
…気がついたなら歩いてくれると嬉しいのだが背中に乗ってくるので即座に諦めた。
畳の部屋を素足でぺたぺたと歩くのは気持ちよく、
窓を開けると道を行き交う人々は岩人族(グラント)の割合が多い気がする。
大水晶鉱山へと向かっていくケイヴウォーカーの姿も見える。
生産職にとってはここをホームタウンにするのが効率的なんだろう。

「で、ここは何が美味いんやろ?名物とかないんか」

「ウニご飯ときのこ鍋がでるらしいけど……アンタいつも何か食べてるわよ、もう少し我慢を覚えたら?」

「アニーにだけは言われとぅない」

アニーに比べればウチなんて全然やろ、
それによりも名物があるというのなら夕飯が楽しみである。

*

「で……これ、栗ご飯やろ?」

「ウニご飯でしょ?」

「どうみても栗や」

「さっき通りすがりのアルケミストうにって言いながら投げてたんだし、ウニでしょ?」

向かい合わせで座って運ばれてきた料理を見れば、ウニご飯(どう見ても栗ご飯だが)のほか、
醤油ベースにきのこや里芋、各種野菜が入れられた鍋がある。
野菜や栗はホウライ山でとれたもので、きのこはガンダルヴァ付近で栽培」されたものだろう。

「アニーも今度誰か呼んで、一緒に鍋でもつついたらどや?」

「めんどくさそうな知り合いしかいないのよね」

何考えてるか分からない亀とか根暗とか気障とか老人とか馬鹿とか、
と誰かは知らないがアニーは自分の知り合いに対して言いたい放題である。
家族鍋でえぇやん、と言ったらアンタも来るのよ、と言われた。
…ウチは家族やないやろ、めっちゃ気まずくなりそうや。

甘めの栗ご飯もいいが味の染み込んだ里芋はちょっとヌメっとするのがいい。
ほくほくだし、醤油の味が素晴らしい。
椎茸をまるまる入れたのも良い、きのこきのこ。
松茸はないんやろか?と思ったら一本まるまる焼いて出てきたのには目を丸くした。
美味しい、けど、しめじのが味はえぇな、香りは松茸のがえぇんやけど。

*

「締めにうどんが欲しかったけどちょっとお腹いっぱいだわ」

「そりゃ餅米や、腹にたまるもんやろ」

二人してけぷっと息を吐きながらお腹を撫でればさすがにお腹いっぱいである、
外の障子窓をあければ風が心地よいが、向こうに見える宮殿は趣味が悪い気がする。
せっかくの洞窟の風景なのだから大水晶鉱山の煌めく姿でも見せればいいのに……

「もうちょっと、風情というもんが欲しいわ」

一人そう、つぶやいていた。



【エピローグ:鬱金香少女のプレートランチ】

サーバントマスターが自室に今日の夕食を運んでくる。
私はそれに軽く礼を言って受け取った。今日も変わらず、一人で食べるご飯。
区切りの入った一つの大皿、そこに少しずつ種類の乗っている料理。
所謂お子様ランチとかプレートランチと言えば良いのだろうか。

小さく盛られたエビグラタン、これはマカロニよりもラザニアの方が良いし、海老よりも蟹の方がいい。
それと蟹味噌の深みも足りないし、チーズはもっと焦げていた方がいい。
カットされたポテトはもっと大雑把でそれもちょっとしょっぱいくらいのほうがよいし、
深皿になってる部分のスープは上品すぎる、もっと舌にピリピリと来るような辛さを乱雑に薄めて欲しい。
たまに乗ってる和食は甘めの餅米が良いし、寿司なんかはちょっと酢の味がするのが最高だ。

これはこれで美味しいのだろう、好物に加えてもいいだろう。だけれども…

「…はー。何かが足りないのよね」

「姉」はどうしているのだろうか。「消失の日」以降はもうフィルトウィズに来ていないのかもしれないし、
来ていたとしてもアバターが変わってしまっているから探し出すことはできないだろう。
大好物のスターフルーツパフェも、さすがに食べ飽きた。
たまーに頑張った自分へのご褒美として食べるから良いのであって、
毎回律儀に決まりきったものを持ってきて、そそくさと出ていくサーバントマスターにも辟易していた。

「…そろそろまた、ここを抜け出して面白い人間でも探しにいこうかしらね!」

そして、その「誰か」もおいしそうにご飯を食べる人ならなおのことよし!



END

written by hagane

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