はじまりの『新しき人』カムイ

カムイ 人間/来訪者/男性
「この世界で僕は『僕』を見つけたい」

フリーマン(クラス無し)の青年で、地球滅亡後に再び
フィルトウィズを訪れた多くの「真実を知る者」のうちの一人。
ワンダラー時代の多くのサポート機能に制限が掛かる事で、
今まで簡単だった事に悪戦苦闘する事となった。
サスライとなった後に「フィルトウィズ解放軍」との
長い戦いに身を投じる事になるとは今は知る由も無い。


AG(エイジー) 人間?/エクスプローラー/女性
「よしボーヤ、ボクと一緒に冒険しようか!」


フィルトウィズに訪れたばかりのカムイを見つけた、
腰に冠を二つ吊下げたローグらしき少女。
エクスプローラーになると言いながらも、
最低限の事すら出来てないカムイの面倒を見る事にした。
子供っぽさと大人らしさ、慈悲と無慈悲の両極端を併せ持つ。



・プロローグ

最終戦争、地球滅亡、家族とはぐれて救命艇での生活・・・
短い期間で色々な事がありすぎた。
自分が住んでいた国が人種の坩堝(るつぼ)ともいえるところだったせいで、
100人前後の救命艇の中では互いに疑心暗鬼になっていた。
食料も蒸留水も救命艇内部のプラントで半永久的に作られる為、
肉体的には問題ないが精神的には参ってる人がほとんどだった。
ラジオをつければ暗いニュースばかり、
ネットのチャットルームや掲示板は見るに耐えない。
そんな中で不意に届いた差出人不明の謎のメールは、
僕を悪夢という名の現実から救いだしてくれる招待状だったのだ。

満たされた世界フィルトウィズ。
僕達は悪夢のような現実を捨てて、
今でも綺麗なままの夢想の世界に逃げ帰ろうとした。
その時は何も考えていなかったのかもしれない、
頭がおかしくなりそうな宇宙生活に疲れていたのだろう。

サービスが終わって消されてしまったと思った世界、
その時に僕は間違いなくそのNPC達を哀れんだ。
そして今でも生き残っている事を知って喜んだ、
時間なら幾らでもあるのだから今度こそ最後まで彼等を護るのだと。

英雄が消えた世界がそのままのはずが無いと気がついた・・・
否、理解させられたのはそれから世界にダイブしてからだった。

―きっと僕等には真実を知る義務がある、例えそれが幸せだとは限らなくとも―



・出会いの章

懐かしのフィルトウィズへとやってきてすぐに僕は若葉の迷宮へと向かった。
チュートリアルの宝箱から最初の資金を確保して、
初回無料のマジカルクッキングの効果があるうちに、
道中の雑魚狩りで稼ぎながら街へ向かうとしよう。
初期装備と初期ステータスでも難しい相手ではないし、
宝箱は[感覚]無振りでも失敗する確率は低いものだし、食らってもたいしたことは無いのだ。
データサイトにとりあえず最初にやる事として書かれているくらいの行動で、
この時の自分も何も考えずにしたことだ。

「よし、とりあえずやってから後の事を考えるか」

迷宮が少し壊れているのが気にならなくもないが、
当時は目先の事で一杯で深く考える理由は無かった。
なんだかシステムアシストがちゃんと効いてない感じがするが、
久しぶりの起動との齟齬(そご)だろうか?
なんて考えながら挑んだ宝箱、メッセージログに表示された
『罠解除失敗』の文字に苦笑し目の前が輝いた瞬間

即死した。

閃光。
そして強烈な爆風。
僕の体はあっという間に吹き飛ばされてしまう。
空中高く放りあげられ地面に叩きつけられる刹那、
どことなく軽いノリのシステム音声が聞こえてきた。

「びっくりしましたか?ですが、今回の罠は練習で威力は控えめです。
 ワンダラーであるあなたにとっては大したことではありません!」


どこが控えめなんだちくしょう!
チュートリアルで殺しにかかってくるゲームとかあっていいのか!
あれ?そもそもフィルトウィズってそういうゲームだったっけ・・・?

「おーい、ボーヤ?ちゃんとここで生きているかい?」

それからリスポンもせずに転がっていたら顔に影がかかる。
どうやら誰かが覗き込んでいるらしいが、
閃光のせいでぼやけた視界では少女という事しか分からない。
ペチペチと頬を叩かれるも返事もできないので、
【ヒーリング】を期待して待っていたら何かが唇に触れる、ほどほどの暖かさと柔らかさ。
柔らかさ!? まさかとは思いながらも続けて口の中に入ってくる肉厚の・・・
・・・肉厚の・・・香辛料の香り・・・香辛料・・・肉汁・・・

・・・イレチキだこれ!

*

助けてくれたのは茶色のツインテールを風で揺らす、
冒険者らしからぬ格好をしたエイジーと名乗った少女だ。
もっともジョークアイテムで名前や種族を変えている可能性もあるが。

あの日、プレイヤーが居なくなってからというもの
NPC達は自分達で世界を護り探索をしているらしい。
エクスプローラーと名乗る彼女達は、
かつてのワンダラー達のような仕事をしている存在なのだと言う。
そこで「ならば自分も貢献したい」と、エクスプローラーになる事を宣言した結果は
『君、バカだよね?いや、バカだね』という一言・・・いや、二言。
真顔できつい言葉でおバカ扱いされたわけだから
その時のショックは大きかったのだが、彼女から見れば当然と言えば当然なのだ。

システムアシストがあればテントの組み立てから火起しに戦闘まで、
様々な事を自分の頭の外でやってくれる。
だが現状では戦闘以外ではほとんど作用していないので、自力でサバイバルすらできない。
これでは夢物語に憧れて棒を振り回す子供と同じである。
とりあえず彼女の提案通りに現実(勉強)と向かい合うのが、今の僕に一番必要な事なのだろう。



・年齢の章

二人で並んで歩く街、青年と少女が手を繋いでいる姿は恋人同士のような甘い物ではないし、
周りからの視線も爆発しろではなく微笑ましいものを見る目だ。
それだけならばまだ良いのだが『どちらが子供として見られているか』では
自分の方が子供の扱いなのだ、外見で言えばこちらが年上なのに。
シールも僕の事を『カムイ』ではなく『ボーヤ』と呼ぶのが原因かと思ったが、
辺りのNPCからの扱いも『子供』という事実に気がつくのに、長い時間は掛からなかった。

「さすがに手を繋ぐのはやめてくれよ、俺だって恥ずかしいものは恥ずかしいんだ」

「君があちこち飛び回らないってまだ信用できないもの、
 子供が無鉄砲なのは街の中だけでいいんだよボーヤ」


「・・・ボーヤって呼ぶのは止めてくれ。俺は子どもじゃない」

「はいはい、背伸びしたボーヤって決まってそういう言葉をはくのよね」

「だからなぁ・・・!」

・・・とどのつまり僕の扱いは不名誉な事に
『はしゃぎ回って知らない間にどこかに行ってしまう子供』なのである。
だが彼女からすると『ディフェンダーの目を盗み街を飛び出し、
ダンジョンで宝箱を弄繰り回したあげくに死に掛けた子供』である。
実に的確な判断である。ぐうの音も出ない。

フィルトウィズのNPC達は外見よりデータを重視してものを見ている為に、
僕がまだ何の職にもついていない子供として見ているのだろう。
それに彼女達の『年齢』と言う概念はかなり大雑把に出来ていて、
少年少女だとか青年や老人といった表現はあくまで外見的な意味しか持たない。
実際に年齢を判断する場合は『子供』か『大人』か『老人』の三つだけで、
外見は若い人間の方が多いのだから判断の基準にはならない。
彼女達は10歳として生まれて15歳で成人するらしいが、その5年は僕と同じ重さなのだろうか?

「ボクから見ればボーヤはまだ何も出来ない子供だよ、年齢云々の前にね」

改めて握り直された手は、僕の手と比べると小さく頼りないが、
僕の手よりも多くの物が詰まっている手なのだろう。
例えばステータス振り分けを今すぐにして、
大人になれば彼女はこの手を離してしまうのだろうか?
そんな事を考えながら、僕は大人になるのではなく、
降って湧いた居場所を護るほうを選んでしまったのだ。



・道具の章

今現在の僕はというと、案山子のように両手を広げて
初心者用レザーアーマーを着させてもらっている。
・・・ユグドラデバイスからボタンひとつでの装備着脱が懐かしい。
この年齢になって服を着せてもらうような真似をするのは、
死ぬほど恥ずかしいのでこの一回で覚えなければいけない。
大丈夫、人間死ぬ気になればなんだってできるって誰かが言ってた!

・・・けど編み紐がめっちゃ難しそう。
というか編み紐なんてハイスクールに通ってた頃でさえ一度もやったことがない。
大体クラスメートの女子にやってもらってたような気がする。

彼女の方はフリルシャツやロングスカートだけでなく、
ヘッドドレスやタイピン、肘手袋等の細かい場所まで気を使った服だ。
キリッとしてる時なら冒険者というよりお嬢様っぽい、
というか細かい礼儀作法からして本当にお嬢様かも知れない。
アバター装備らしいが、多少のお金を出せば外見を好きな服に登録できるらしい。
なんで正式サービス中に実装してくれなかったんだ。

とりあえずクラスに就く為には職業ごとのソサエティで認定を受ける必要があり、
サスライのソサエティがあるアズマに向かう予定である。
だったらスタート地点をミズホにすれば楽だったのだが、
ガンエデン大陸で始めたおかげでエイジーに会えて助かったとも言える。
船賃はエクスプローラーには無いが未だ未所属の僕には当然あるはずで、
彼女が出してくれたであろう様々な代金は就職したら返済しよう。

別に良いと言われても無理にでも押し付けるつもりである。
これは僕に取っても大切なケジメなのだ。
いつまでも子供扱いされてたまるかってんだ!

・・・と、ムキになっていたのは今思えば子どもの思考そのものだったかもしれない。

*

☆冒険者セット

船の一室、外はそれなりの高波であるはずだがかなり揺れが少ない。
床に広げられた様々な道具は冒険者セットと呼ばれる
サバイバルキットのような物で結構な量が入っている。
アイテムが入る量は30種類程だったと思うが、彼等の物は10個らしい。
それ以外の専用スペースに着替え入れの箱が複数、
クエストアイテム運搬用の箱、『だいじなもの』入れ。
他にも山ほどあるが、見た事の無いもののほうが多い気がする、
歴史の授業で見たかも知れないような物ばかりだ。

僕がワンダラーだった頃は使わなかった物ばかりで使い方を知らない物の方が多い。
なにせ寝具なんて課金版の『転送絨毯』なら宿屋まで往復していれば使わないし、
照明器具も課金アイテムの浮遊照明灯で済ませていた気がする。
そのせいで苦労してると思うと、あの頃から色々試しておけばよかったのだろうか?

*

☆照明器具

「照明器具にも色々あるけれど、まぁどれも一長一短だね」

床に並べられた道具の中から出されたのは、油の匂いのする布が巻かれた棒とガラス張りの角灯だ。
どちらも古いタイプのゲームで見掛けたくらいで実際に見た事は無い。

「こっちは松明、松脂や油を布に練り込んで炎を扱う道具さ」

手が塞がるのは嫌かもと言って見たものの、床に落とした程度で松明は消えないらしい。
『松明なんてどこの原始人だよ』『山男乙www』なんてレスをいつぞやどこぞのBBSで見かけたが、
炎そのものが便利なわけで、蜘蛛の巣の処理や放火に便利なのだとか。
僕達の発想の方が原始人以下だった、発達した現代科学の弊害だろうか。

「それでこっちはランタン、火傷したくなければこっちが良いけど割れるのには注意して欲しい」

「ガラスなのか、ガラスって凄く割れやすくなかったっけ?」

「最近のは少しマシだよ、ガラスの質や種類も変わったしね」

現実世界での硝子はすでに透明度が高くて軽く頑丈な、
別素材に置き換わっていたのでどの程度頑丈かが分からない。
それでもエイジーがマシと言ってるから多少はマシなのだろう、
戦闘中には持ち出したくない程度かもしれないが。

「まぁ、これくらいの火が人間には丁度良いのよ。照らしすぎれば焼かれるだけよ」

温度の無い瞳で語ったソレは照明の事なのか、それともまた別のことだったんだろうか・・・

*

☆ティンダー・ボックス

彼女が目の前で鋼と瑪瑙を打ち鳴らし、簡単に火種を作って見せると手早く蝋燭を灯した。
明るい室内では大差ないが暗い場所であればもっと違うのだろうか。

「まさか火打石を使った事が無いとは思っていなかったけれど」

思わず視線を外してしまったが、実はマッチの方も使ったことが無い、
現実世界では火を使うこと自体が少ないのもある。
今では家電は電気調理器の方が手軽で安い上に、
料理で火を使う事も、さらには料理自体が機会が少ないからだ。

「最近ではメタルマッチとかも開発されたけれど、
 わざわざ家で使う道具っていう訳じゃないし・・・ボーヤはどこの子なんだろうね」


複合金属板とマグネシウム粉末で点火するメタルマッチ、これまた現実では骨董品である。
今となっては歴史の授業の住人となっているらしい、物質としての火は現実では邪魔なのである。
あの世界ではとにかく水と電気だけで済ませる事で人間の単価を下げようとしていた。

「(でも、これからはこっちが大切になっていくんだよな)」

ちなみに火打石が死ぬほど難しくて手が火傷だらけになった。

*

☆シーブス・キット

「ほら・・・もっとゆっくり、乱暴にしないで・・・ね?」

「ぐっ、ぐぎぎぎぎ・・・」

「ほらほら♪これが出来ないと冒険なんて到底無理だぞー♪」

甘い声で嬲る様に煽られる中で目の前の宝箱へと挑み始めて1時間弱、
開錠の取っ掛かりがまるで掴めずに金属がぶつかる音が続いている。
練習用のこれはトラップ解除が失敗したと判定されると、
此方に冷たいガスを吹き付けてくるというお笑い番組みたいな物だ。

「あぁもう! 俺はローグじゃ無いんだ、必要なのかコレ!?」

「・・・例えばボーヤのPTが閉じ込められたとしよう。
その時に起きているのはボーヤだけ。さあどうする?」

そう言われてはぐうの音も出ない、渋々また作業に取り掛かる。
しかしワイヤーやニッパーやペンチはまだ分かる、
サイズ違いの玄翁や他の道具も使い方が分からないというわけではない。
だが神経質なまでに数を揃えてある十数種類の鋏、荒さや形の違う無数の鑢(やすり)。
様々な種類の粘土やキーピックに至っては、何をどうやって開錠に漕ぎつければ良いのかも分からない。

「一見地味に見えるけど、これが出来ない事で死ぬ事は多い。気を付けなよ」

*

☆キャンプキット

荷物整理は未だ続く、フード付きマントや毛布、フックの着いたロープに布団等、
様々な道具を見ている間に彼女は食事の準備を進めている。
食事が終わったらこれらの道具の使い方の講習、
他には食事の買い付けのコツなんかを教えてくれるらしい。
いつぞや捻じ込まれたイレチキは回復アイテムらしい、そういやタイアップであったっけ?

それはともかく、この船は食事が別料金らしいので持ち込んだ物で夕食を済ませるらしい。
荷物の中から折りたたみ調理器具と先程のランタンを組み合わせてお湯を沸かしている。
そのお湯の中に入れられたのはドライブロックになったタマゴスープの素、
他にはドライフルーツやパンが並べられている。

僕達の世界でこれを揃えようとしたら結構な大金になるごちそうだ。
・・・ドロドロとした海草ゼリーを鼻をつまみながら飲み込んでいた、
現実世界の毎日に比べればなんでもごちそうかも知れないが。
とりあえず鍵開けは後回しにして休憩である、
久しぶりの暖かい食事、匂いを堪能しながらそれを口元に持っていき

「あづぅ!」

船が揺れたせいで顔にぶっかかってしまった。



・管理カードの章

「・・・管理カードって何?」

スープを飲みながら言ったこの一言で、僕を見る目が可哀想なものを見る目になったが、
取り出されたタッチパネル式の機器を見れば何のことか分かった。
ユグドラデバイスが何故そんな名前になったのかは分からないが、
世界の真実を知らない彼女達にとっては、文字通り自己管理カードでしか無いのかもしれない。

「・・・名前を知らなかっただけで物を知らなかったわけじゃないから、その目はやめてくれ」

「ほんとにほんと? ボクは結構ボーヤの事が心配になりつつあるんだよ?」

・・・正直、何も言い返せない。実際僕に出来る事というのはとても少なくて、
現状の僕は田舎物どころか、世間知らずを遥かに超える謎の生物でしかないわけだ。

「これでできる事は一通り覚えておかないと日常でも困るから。ちゃんとやっておこうね?」

僕の扱いの年齢がドンドン低くなっていってる、危険信号である。
実際こちらに来てから、少し子供っぽくなってしまった気がする。
救命艇でのストレスで僕は寂しいんだろうか?
無意識に誰かに甘えたい気持ちがあるのかもしれない。

彼女が一つずつ確認するように目の前で操作して見せてくれる。
もっとも自分達の場合は思考制御型入力補助デバイス、
略称TCADで直接機能操作をしてしまうのであまりこちらは使っていなかった。
それにしても随分と機能数が制限されているような・・・
とりあえずこちらの世界の住民にもできる事はしっかりとメモしておいて、
正体がバレないようにしておいたほうが良いかもしれない。


―カムイのメモ―

☆持ち主が確認及び表示できる事
・HP/FP/状態異常/CL
・所属ギルド/所属ソサエティ
・身長/体重/年齢
・所持GP
・所持品一覧
・時計
・メモ帳
・スケジューラー
・方位磁石
・地域地図(※)

※ワンダラーの正確な地図と違いかなり雑な地図だが、
これでもかなりの価値があると言われた。
ほぼ手書きみたいなものらしく、自分が目視できる場所しか更新されないし、
認識していない建物やダンジョンの入り口は表示されない。
つまり隠し部屋だとかは分からないらしい、現在位置の確認もできない。



☆パーティーになると見れる物
・PTメンバーのHP/FP/状態異常/CL
・PTメンバーの名前
・PTメンバーと地図の共有更新


☆真実を知る者(プレイヤー)だけができる事
・視界に入る全員の名前表示/PCorNPC表示/メインクラスとそのCLの表示
・真実を知る者同士でのメール
・スクリーンショット(写真)の撮影
・世界地図
・現実世界のネット機能(※)

※これで多少手間はかかるが攻略サイトの魔物データを観覧したりできる。
問題はクエスト関係の攻略については世界が大分変わったので無意味と言う事か。


*

「あぁ、それとボーヤ。これが一番大切なんだけれど」

メモ帳機能を使って出来る出来ないをまとめていたら声をかけられた。

「絶対に誰にも、ボーヤの地図は見せるな。いいね?」

その時はどういう事なのかは意味がわからずにいたが、即頷いてしまった。
思えばNPCの地図とは表示が異なるからだろうが、
それを「なぜ」と問わずに忠告した彼女はただものではなかったのだろう。



・閑話の一

「でぇい!せいっ!こんのぉ!」

「はいはい、こっちこっち♪」

アズマに向けての船旅の半ば、勉強の息抜きで始まった模擬戦は
まさに『遊ばれている』と感じるようなものだった。
スカートを指先でちょんと摘んでキャッキャウフフと逃げられているのを、
追い掛け回してどれ程立ったかもう覚えていない。
フィルトウィズにおいてCLの差というものは大きくもあり、小さくもある。
純粋な身体能力で言えばCL1の人間とCL100の人間は、
HPとFP以外の差は大きくないはずなのだが・・・

「なのっ、に!なんっで!こんなに!当たらないんだよぉ!」

「ほら、ボーヤ、頑張れ頑張れ♪まだまだ振れるぞー♪」

「その微妙にもやもやする応援の仕方はやめてくれ!?」

彼女の具体的な能力は分からない。戦闘スタイルは格闘だろうけど、
防具はアバター装備で変更しているせいで良く分からない。
腰に下がっているのは二つの冠は見た事が無いので、
僕が知らないレア装備なのかもしれない。

「ボーヤ、運任せ剣術なんてラッキーヒットしかありえないよ」

現在使っている剣術はシステムアシストに登録してあるモーションで、
実際に剣を振るう人間のモーションを落とし込んでいると聞いたことがある。
つまりはちゃんと剣を振っている人間の業であり、
素人剣術とは違うはずなのだが彼女はこれを運任せと呼ぶ理由がまるで分からない。

「ボーヤの顔に『振ってればある程度は当たるはず』なんて書いてある」

命中と回避の差から言えばそれは間違っていないはずなのだ。
正しく狙って正しく振れば当たるし今までも当たってきた。
なのにかすりもしなければ、ただの一度のクリティカルも出やしない。
ケラケラと笑う彼女の声がいやに大きく聞こえる。

「そうそう、ボーヤを見つけた時の言葉なんだけれど、覚えてる?」

余裕綽々(しゃくしゃく)、ただの一度も手を出してきてない彼女は、
小首を傾げて問いかけてきたがお構いなしに『溜め』に入る。
『ためる』で命中を確保してからの渾身の踏み込みの唐竹割りを放とうと・・・

「・・・ボーヤ、ちゃんと『ここ』で『生きてる』かい?」

「・・・ッ!?」

・・・振りぬいた刀の上に腰掛けた彼女の言葉は『俺』ではなく『僕』に言っているようだった。

*

「『ここで生きている?』か・・・耳が痛いな」

結局終わった時には武器を振り回していた腕はパンパン、
足は生まれたての小鹿のようになって終わった。
システムとしての眠気は来ているのだが眠る気にならず、一人で夜の甲板に出て考えていた。

「・・・俺達がこっちに来てるのって、エイジー達からすれば『観光』なんだよな」

あくまで遊びに来ているのであって、ここに根差して生きていこうという感じがしていないというか。
そんな事を感じ取られているのかもしれない。
心配の仕方からするに自暴自棄になった戦災孤児として見られてる可能性もあるけれど。

「ここで生きていく、か・・・難しいな」

友人は彼等を『人間ではなくゲームのプログラム』と言っていた。
けれども僕は自分達で考えているAI、
つまり『プログラムで出来た人間』だと思っている。
だけれどこうしてNPCと行動して感じたのは、
データ面で見なければ人間と見分けがつかないのだ。
ただ、それを認めてしまうと一番恐ろしい事実に考えが及んでしまう。

―僕達は本当は死んでいて、プログラムとしてここにいるのではないかと―

途端に背筋に震えが奔る。
馬鹿げた考えを首を振って消して船室に戻ると、エイジーはすでに寝る準備を終えていた。
明日の予定はヌオックで補給をしたら旅の目的地ミズホへ向かうらしい。
その後はサスライのソサエティに行くのかと思っていたが、ギルドを一度見て回るのだとか。
もしかしたら彼女は僕をエクスプローラーにしたくないのかも知れないと思った事はある。
彼女は大人で僕は子供、大人としては無理をして欲しくは無いのだろう。

実際少し迷っている部分はある。
「この世界に貢献したい」という自分の言葉が本気ならば、
エクスプローラーだけが道ではないのだから。



・フィルトウィズ解放軍

船の上で夜を過ごし、ヌオックで朝食を済ませた後に隊商と共にミズホへと向かった。
アズマでは魔族との戦いが少ない代わりに魔獣やチンピラが多いらしく、
ちょっと血気盛んな連中が賭け試合だとかはそれほど珍しくはない。

だが今起きている乱闘はディフェンダーと鎮圧に協力するエクスプローラー、
そして「フィルトウィズ解放軍」を名乗る連中との戦いである。
いわゆるPvP(対人戦)というよりはBvB(旅団戦)のような状況になっているらしく、
僕に待っているように言うとエイジーもそこに飛び込んでいってしまった。

人垣に装甲車でも突っ込んだかのように、進路上の解放軍をなぎ倒していった彼女の背を見送る。
演説を聴いていた時に彼女の顔を覗き込まなければ良かったと少し後悔している。
いつもはケラケラ笑ってる顔が完璧な無表情で声が平坦すぎた、怖い。

『我々フィルトウィズ解放軍は、フィルトウィズを人間の手に取り戻し、
 今は無きグランシュタットに代わる統一国家を樹立させるものである!』


ある日突然届いたこのメールのことを、最初はただのおふざけメールかと思っていたが、
こうして活動しているのを見ると本気の活動らしい。
一部のプレイヤー達は『現実の人間』の国を、この世界に作ろうとしているのかもしれない。

「それにしても、なんか様子がおかしくないか?」

暫くして鎮圧された、にしてはおかしい様子で何だかざわめいている。
戻ってきたエイジーが予想以上にダメージを受けていたのに驚いたが、
彼女の表情には苦労したというよりは困惑の色が見えた。

「・・・首謀者が突然死んだ」

「・・・突然死んだ?どういう事だ?」

「ぼ、ボクだって訳が分からないよ!」

話を聞くとその相手は幾ら殴っても攻撃が効かないとか、
攻撃を不自然に当ててくるだとか、突然体の動きを止められたりだとか、
元々訳の分からない事だらけであったらしい。
そしてこちらの攻撃が無駄に終わるのを、下卑た笑みで眺めていたと思ったら、
突然白目を向いて倒れ、駆け寄った時にはすでに死んでいたらしい。

「あんな奴の心配をする気はないけれど・・・なんだか最近おかしいよ」

「・・・・・・」

このあと3大ギルドの様子を見に行く予定だったが、
少し事情聴取を受けるので宿で待っているように言われた。
彼女の無実は赤くなっていない管理カードによって証明されるだろうが、
以前も一度起きたらしい突然死について調査するらしい。

宿屋についてすぐにコンソールを開くとログ解析を始める。

「彼女の言っていた一連の不可思議な現象は…もしかすると」

表だって決して言えない事ではあるが、
僕にはこういった通常、プレイヤーには見えないログを閲覧する能力を持っている。
・・・いわゆる【ハッキング】というやつだ。
その気になれば単純なログなら書き換える事さえできる・・・
けれど、僕はこの世界でこの能力を使って「不正」を働こうなんて気はさらさらない。
僕がこういった能力を得るに至った背景には、とある事件があった。



・不正プレイヤーカムイ

過去にプレイしていたネットゲーム、ジェネシスオンラインというMMORPGで、
クラスメートである友人のアカウントが何者かに乗っ取られてしまった事がある。
すべてのアイテムを奪われてしまい、
おまけに友人に成りすましてゲーム内で知り合った恋人に
卑猥な言動や暴言を浴びせ、結果、リアルでも別れてしまう事態になってしまった。

「俺、何にもしてないのに・・・ジン、悔しい、悔しいよ・・・」

ボイスチャットごしに嗚咽を漏らす友人の声に
あの時の僕は怒り、悲しみ、そして何よりも。
友人の力になりたい。そう心から願った。

僕の両親はとあるネットゲームの会社に勤めていた・・・
それがジェネシスオンラインを運営している会社で、
そのためかプログラムに関する書籍が家には山ほどあった。
僕は昼夜問わずに、時にはハイスクールの授業をさぼってまでその本を読み漁った。

・・・幾日かを経て僕はついに友人のアカウントを取り戻す事に成功した。
そしてアカウントを奪ったプレイヤーを特定し、
ネット掲示板にその情報をばら撒いたのだ。

当然そのプレイヤーはジェネシスオンライン、
いや、ネット界隈からその姿を消さざるを得なくなってしまった。
まるで正義のヒーローになった気分だった。
しかしそんな高揚感も一瞬にして冷や水を浴びせかけられることになる。

「何故ここに呼ばれたか心あたりはあるね?」

再びジェネシスオンラインにログインした時、
僕は、僕のPCは四方を壁に囲まれた何もない部屋に立たされていた。
そして部屋の中央には仮面で顔を隠したキャラクターが二人待ち構えていた。

「カムイくん。君にはジェネシスオンラインへの不正アクセス容疑がかかっている。
 まあ、容疑というにはあまりにも証拠が多すぎるのだが・・・ね」


・・・「GM」だ。
噂には聞いていたが、自分が出あうことになるとは思っていなかった。

「・・・問題はだ。該当プレイヤーのアカウントを取り返した手段だ。
 件の不正プレイヤーは、アカウントのIDとパスワードを物理的に入手したに過ぎない。
 だが、君は違う。このジェネシスオンラインのサーバに直接アクセスした。
 ・・・どのようにやったのかね?答えてくれれば温情も一考するのだが」

「・・・答える気はないよ」

「そうか、残念だ。・・・サイバー犯罪に対する厳罰化が行われたことは知っているね?
 件のプレイヤーだけではない。君も重罪人として逮捕され独房で過ごすことになる。
 君が守った友人とはもちろん、家族とも会えなくなるだろう」


「・・・・・・」

「もちろん言い逃れはできない。我々は証拠を握っているからね。
 まあ、それも仕方ないということなら話はこれで結構だ。然るべき処置が近く君にくだるだろう」


「ま・・・待ってくれ!僕は…僕は何を話せばいい?」

「賢い選択だ」

*

「なるほど・・・・我々が構築したサーバプログラム『イージス』に致命的な欠陥がある、と」

「通常は針の穴程度のものだけど、そこに特定のパケットを送ると、
 一瞬だけセキュリティホールが大きくなる。潜り込むにはタイミングも重要なんだ」


「・・・驚いたな、どこでそんな知識と技術を」

「・・・・・・」

「まあ、いいだろう。君の指摘通り、特定の箇所にセキュリティホールの存在を確認した。
 直ちにセキュリティ強化に努めさせてもらおう。協力に感謝する。
 だが、我々は君に然るべき処罰も与えなければならない。現時刻をもって、君のアカウントをはく奪。
 今後どのような手段を用いてもこのジェネシスオンラインにログインできない。
 もちろんこの件に関して口外を禁止させてもらう。もし話したなら・・・あとはわかるね?」


「僕は・・・僕は友達を助けたかっただけなんだ」

「不正は不正、だ。本来なら君は逮捕、独房送りなんだ。
 これでも充分温情があると思ってくれてもいいと思うのだが」


「・・・・・・」

「そのスキルを"正しい事"に役立ててくれることを我々は願っているよ」


*サーバとの接続が中断されました*
*エラー:あなたにはログインする権限がありません*


その会話ログを最後に僕はその世界から追い出されてしまった。
ログイン画面には虚しくエラー画面が明滅していた。

「・・・だけど、ほっとけなかったんだ」

僕はモニターの前で肩を落とし、項垂れた。

*

「やはり"息子"には甘くしたいのが親心というものかね?」

「・・・アラムチーフには感謝しています。
 ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」


「何、気にすることではない。それにしても・・・
 私が構築したセキュリティをいとも容易く突破するとはな。
 さあ、プレイヤーには悪いが今日も緊急メンテだ」

「・・・不満がまた出そうですね」

「ガチャチケットでも数枚ばら撒いておけばいいさ。さぁ始めるぞ

*

「・・・ッ」

軽いめまいがした。
少し昔の記憶が何故だか知らないけれど蘇ってしまったようだ。
僕は首を横に振り、再び集中する。

この新しいフィルトウィズにきてからというもの、
コンソールコマンドをこっそり開くと背筋を撫でられる様な、
誰かに見られているような薄気味悪い感覚がする。
正直あまりいい気分ではないけれど・・・これだけは調べておきたい。
ログ漁りを開始してそれほど立たずに弄った痕を発見できた。

「最初のうちはクリティカルとノーダメージか?
 エイジーに干渉しようとしてたのもあるみたいだ」


攻撃をクリティカルでエイジーに強引に当てて、ノーダメージパケットで攻撃を無効化、
さらにNPCのAIに直接干渉して麻痺状態にしていたのだろう。
だがそれは次第に雑になっていき、突然死したという時間帯の
最後の部分で何かが差し込まれている。
恐ろしいサイズのデータの塊というのは分かるが正体ははっきりしない。

「BANか?・・・けどそれなら先に煉獄行きか強制ログアウトではじき出されるはず」

今の「運営」が何者かはわからないが、
わざわざ突然死させるなんて真似はさすがにしないだろう。
リアル掲示板を呼び出して確認すると今の事件の話題が出ている。
本当か嘘かは分からないし確認しようが無いので情報の確認を怠らないようにしよう。

もっとも僕の乗る救命艇の中で死亡者が出たというニュースがラジオで流れたのを、
何時もの事だと聞き流してしまったのを後に悔やむ事となるのだが・・・



・ディフェンダーギルド

宿屋で一日待っても帰ってこなかったと思えば、防衛者ギルドから迎えが来た。
時折中庭から訓練の声が聞こえてくるだけで思っていたよりも静かな場所である。

「で、ここは騎士団?」

「こっちではブギョーショだったかな。まぁ役割は似たようなものだよ」

細かい内部の見学こそできないが仕事の内容は色々と教えてもらう事ができた。
分かりやすく言えば警察、国防隊、警備員といった物の集まりだ。
犯罪者は捕縛システムで捕縛するようなので牢屋の類は見受けられない。

「ボーヤがここを選ぶならボクに止める権利はないけどさ・・・
 せめて体が出来上がって、実績を積んでからにしたほうが良いよ」


そしてディフェンダーの一番の仕事『大侵攻』、
つまりはワンダラー無しでの大防衛戦への参加。
ギルドの中で一番死亡率の高い仕事故になおの事、
僕に薦めたくないのだろうという事は分かる。
僕がコレに参加したがるのではないかと彼女は思ったのだろうか?

「選ぶにしても、まぁ・・・俺にもまだ早いって分かるよ」

ここを選ぶときはきっと「現実を捨てて」、こちらだけで生きる時だけかも知れない。



・マーチャントギルド

現実世界では博物館の住人となった『本』がここでは簡単に手に入る。
と言っても隣の彼女が見ているのは探索者向けの商品カタログであり文学の類ではない。

「ボクが読んでる間に色々と見てまわりなよ、お小遣いもあるからさ」

実際文無しなので纏めてそのうち返すと胸に秘め、ギルド内の散歩をして見る事にした。
受付では職人が今日の仕事を探したり、製品の納品を行っているようだ。
裏手の方では他の土地への資材運送の手続きだとか、輸出入の準備をしているらしい。

「しかし小遣いって割には多いよな、これ・・・」

最初に貰った初心者用装備とは別に4000GPある、
昔なら小銭と言うが少なくとも子供にポンと渡す金では無いと思う。
しかし物価を覚えていないがこれでどれだけの物が整えられるだろうか?

「とりあえずヒトキリブレードとアイススケイル辺りが投売りされてないかな?」

討伐数が多くて山ほどドロップされた装備は、
露店で大量取引されている事が多かった。
大体が鍛冶系スキルの練習用に消費されるが、
初心者が自分の装備用に買う事も珍しくは無かったのだ。

だが目当ての物を見つけた時の値段にぎょっとした、
文字通りの店売り価格での売られていたのだ。
ポーションの類も単価200GPからで、店売り価格である。
アルケミが大量生産してタダ同然で投売りされていた記憶があるのだが・・・
商売通りを受けて生産区域にまで抜けると今月の奨励品目なるお報せが貼ってある。
思わずエイジーの所まで走って戻ってきて、価格についての話を聞いてみた。

「多分ボーヤが産まれるよりも前の話だけど、
 ワンダラー達が幾度と無く価格破壊をしたんだ」


それからというもの、職人達や原住民を守るために法律を何度も細かく修正したのだという。
その結果が安定供給と安定価格に繋がっているらしい。
かつてのように投売り品で序盤を乗り切るなどという事はできない、消耗品がぶ飲みも無理だろう。

「ボーヤが探索者になるのなら、必要なものは一杯ある。
 その小遣いでどれだけ上手く買えるかも課題ってことさ」




・エクスプローラーギルド

かつてのワンダラーの掲示板を流用しているのだろう、壁には様々な依頼が貼られている。
難易度や討伐、採取、探索で様々な区分けがされているらしい。
物語ではよく酒場とセットになっていたりするらしいが。

「エクスプローラーになるのは試験も何も無いけれど、本当は学校に行った方が良いんだよね」

「エクスプローラーの学校って何を学ぶんだ?」

「色々だよ、それこそボーヤがボクから学んだ事は全部やるくらいにはね」

グレートウォール学院という職業養成校みたいなものがあるらしく、
そこを卒業してからエクスプローラーになるのが比較的安全らしい。
そこにぶち込んでお別れというのもありだったが、
放って置くと道端で死んでると思ったからと言われた。
道端で死んでるというのはあまりにも不名誉だが、
初遭遇で瀕死なので文句は言えない。

「まあここは他に何かあるって施設じゃないよ、仕事の受付と完了だけさ」

24時間稼動という以外には、特別な施設でも無いのは今でも変わらないようだ。



・ソサエティ

以前あった職業組合はソサエティと名前を変えて機能している。
各クラス用の装備の売買をしていたり、
スキルを覚えたりクラス向けのチュートリアルクエストが受けられる。
僕はその中のサスライソサエティに登録するための書類を書いているのだけれども・・・

「なんでこんなに書くものが多いんだよ・・・」

「大人の世界は書類の世界、ボーヤが関わるには一杯必要って事。ここ書き直しね」

成人が登録ならば自己責任なので最初の確認だけらしいが、
子供が登録するとなると書類が増えるらしい。

「保護者欄はボクの名前で登録しておくから。
 ま、君が問題を起こすとボクの所に来る訳だけど」


「いや、さすがにそこまで面倒かけるわけには・・・」

「もう少しで成人でしょ?保護者扱いなんてほんの僅かな時間さ」

最初が10歳で大体そこから5年前後、
体が出来上がれば成人くらいの大雑把さなのかもしれない。
この辺りを法で決めていないのは不思議ではあるが、
もう世界が違うからで良い気がしてきた。

「そういえばさ、成人式って無いのか?国の式典みたいな・・・」

「成人式?成人祝いなんて身内でやるものでしょ?
 それともアレかぁ?ボクで成人祝いでもする?」


彼女の身長は150には届いてなさそうで顔立ちも幼い、犯罪も良い所である。
成人祝い(隠喩)だなんて単語が彼女から出てくるとは、
微塵も思っていないかったせいで思わず二度見してしまった。

「そういう冗談言うような歳じゃないだろ、やめろよ」

「むっ、ボクがそこまで枯れた歳だと思ってるの?そりゃ33歳の甥っ子はいるけどまだまだ若いよ」

若い方で言ったつもりが33歳の甥っ子なんて単語が出てきた。
成人が15で家や資金を集めるのにこの世界でかかる時間を考えると、
もしかすると50は越えてるんじゃないだろうか?となると・・・

「エイジーって結構歳いってたんだな」


*メッセージ*
エイジーからカムイへ決闘の申請が届きました。


☆TIPS☆
TCADは慣れていなかったり長い事使っておらず感覚が鈍っていると、
思った事をそのままチャットしたり、おかしな操作をしてしまうので気をつけよう!



・「僕」の章

CL1のサスライ相手に本気(格闘戦的な意味で)になる大人気なさ過ぎる子供がいた。
ただのパンチでHPがマイナスに突入したので隠されてる正体はゴリラに違いない。

「最低限必要な事はしたけど、このままで良いのかな」

ソサエティでの登録が終わり、しばらくしてからエクスプローラーギルドでそっちの登録もしてしまった。
ギルドは『来る者拒まず去る者追わず』で管理カードに所属が書き込まれただけで終わった。
そして今週は別行動となり、ギルド登録されている宿屋で一人で泊まる事となったのだ。

ベッドの上でゴロゴロしながら考える。
エクスプローラーにはなったがこれで本当に良かったのかとか。
エクスプローラーの仕事というのは簡単に言えばワンダラーと変わらず、
ダンジョンに潜って適度な強さの魔物を狩って、素材売却さえすれば良いだけである。
そして余裕があればエクスプローラーギルドのクエストを行ってさらに稼いでもよいと言った所か。

「けど、それだけだと結局のところ遊んでいた頃の『僕』と何も変わらない」

画面越しに世界を見ているような、やはり『お客さん』みたいなものなのだ。
勝手にやってきた遊びの英雄が勝手に消えたせいで追い詰められた世界。
そこにまた『お客さん』としてやってきて生活するのは良い事なのだろうか?

「あいつだったらゲームにのめり込み過ぎって言うかな」

地球を出て以来連絡の取れない友人の言葉が頭をよぎる。
しかし僕等はゲームの世界とはいえ他所の世界に
『来させてもらっている』のであって『来てやっている』ではないと思う。
自分達の世界が無くなってから逃げ込んで、
そこを寄越せなどとは言うのはさすがに恥知らずではないだろうか?

これからどうするかという悩みもあるが、
実を言うと彼女が出してきた提案にも悩んでいる。
今週末にはミズホを離れるらしくそれについてくるかどうかという事で、
ついてこないならここでお別れだという事。
外見はともかくベテランと行動できるのは旨みのある話ではあるのだが、
これ以上相手に手間をかけさせたくないと言うのもある。

昨日の昼頃に茶店で彼女を見掛けたが、
一緒にいた数人の男女が本来のPTメンバーか、
あるいは次の臨時のメンバーなのだろう。
彼女は面倒見が良いので、僕がついていくと言えば面倒を見てくれる可能性は高い。

・・・だが彼女はここで生きていて、僕は来訪者。
少しログアウトしてしまえば何日も空ける事になるので、重要な時にいないなんて事もありえる。

「・・・うん、ひとまず最後の日まで考えてから会おう。
 受けるにしても断るにしても挨拶はしておきたいし。こんな半端な考え方じゃ駄目だ」

管理カードの日付を確認すれば明日は約束の週末、7日である。
しっかりと眠って、朝になったら考えを纏めてから会いに行こう。

*

7日、待ち合わせ場所に行った時には彼女の姿は無かった。
だけどそれで良かったのかも知れない。
次に出会う時は僕がこの世界で最後まで生きていくと決めた時か、
最低でも僕が『遊びの僕』であるのをやめた時くらいが丁度良いのかも知れない。

腰に佩いた刀の柄に手を乗せて目を閉じる。
昔からフィルトウィズでやっていた儀式みたいな物だ。
『僕』を『俺』で包み込み、この世界に沈み込む。

まずは冒険の第一歩を始めよう。
今日この時から『僕』は『僕』の役割を捜しに旅を始めるんだ。
・・・フィルトウィズの1週間が6日だったのを失念していたことに気が付いたのは、
それからかなり経ってからということになる。

*

「・・・結局、彼、こなかったな。まあ、いっか。ボクもそろそろ行かなきゃ。
 元気でやんなさいよ、あんたならきっとこの世界でも上手く生きていけるよボーヤ・・・うぅん」


「カムイ」

誰に聞こえるでもなくそう名前を呟いたエイジーは、
静かに口元を優しく緩め、やがて雑踏の中へと消えていった。
彼女がカムイと再会するのは、かなり先の話となる・・・


−完−


written by hagane

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